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40佐藤一斎座像:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 石畳を降りてきた。濡れた坂道は登りより下りの方が気を使う。岩村山荘の近くに佐藤一斉の座像があった。

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佐藤一斎翁顕彰碑建立趣意
 幕末最高の思想家佐藤一斎は「志こそが人間のレベルを決まる!」といい、志を養うべきことを説き、その思想を著書「言志四録(言志録、言志後録、言志晩録、言志耋(てつ)録)」などを書き残しました。
 碑文の「三学戒」は言志晩録の一節で最も輝いている言葉です。
 ここに全国各地300余名の賛同者の浄財により、一斎翁の「三学戒」を刻み、永く後世に伝えんとするものです。
平成8年10月19日
佐藤一斎顕彰碑建立実行委員会
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 「三学戒」が書かれている。
「少くして学べば 則ち壮にして為すあり
壮にして学べば 則ち老いて衰えず
老いて学べば 則ち死して朽らず」
 学ぶことの大切さを教えている。

39岩村城跡2:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 岩村城の特徴の一つの六段の石垣が見えてきた。この上が本丸跡であろう。

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 やっと到着した。

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本丸
 本丸には納戸櫓など二重櫓2棟、多門櫓2棟が石垣城に構えられていた。東と北には一段低い位置に長局と呼ばれる細長い曲輪が付属する。正門は東曲輪側の東口門である。内部には施設はなく、広場となっていた。
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 ここに本丸があったようだ。

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岐阜県指定史跡 岩村城址
 岩村城は別名を霧ケ城といい、天然の峻険な地形を活用した要害堅固な山城で、海抜717mに位置し、全国の山城の中で最高地にあり、日本三大城の一つである。
(中略)
 建物は明治維新により廃城され、後明治6年(1873年)に取り壊された。
岩村町教育委員会
岐阜県教育委員会
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 海抜は717mと全国の山城の中で最高地にあるようだ。

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 本丸にも昇龍の井戸があった。海抜717mでも井戸があるのがこの場所が山城に選ばれた理由なのかもしれない。

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 遠くには雪をいただいた山々が見える。御嶽山などの中央アルプスなのかなぁ。

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 その右側にも山々が見える。

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 本丸の石垣を下から望む。空が青々しい。


私が大好きな小説家を殺すまで

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[題名]私が大好きな小説家を殺すまで
[著者]斜線堂有紀
[発行]KADOKAWA
[定価]610円
[発行日]2018/10/25
突如失踪した人気小説家・遥川悠真。その背景には、彼が今まで誰にも明かさなかった少女の存在があった。
遥川悠真の小説を愛する少女・幕居梓は、偶然彼に命を救われたことから奇妙な共生関係を結ぶことになる。しかし、遥川が小説を書けなくなったことで事態は一変する。梓は遥川を救う為に彼のゴーストライターになることを決意するがーー。才能を失った天才小説家と彼を救いたかった少女、そして迎える衝撃のラスト! なぜ梓は最愛の小説家を殺さなければならなかったのか?


奇妙な出会いでつながった二人。そして厳密には犯罪でもある奇妙な同居。その時点でミステリーです。遥川悠真の最後のプロットについての「それは小説なんかじゃありませんから。」と言い切る梓の一言。切ない物語です。


38岩村城跡1:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 かなり急な石畳の坂道を登っていく。アキレス腱とふくらはぎのよいストレッチになっている。このあたりは藤坂と呼ばれている。

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初門
 直線的に伸びる登城坂でこの部分だけが、行く手を遮るように鉤の手に大きく曲げられている。有事の際にはここに臨時の門を構えて通行を遮断するようになっていたため「初門」と呼んだという。岩村城の最初の関門である。
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 写真のような坂道が続いている。

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土岐門
 岩村城第二の門で、内側は馬出状の曲輪となっている。絵図では薬医門または四脚門として描かれている。土岐氏を破ってその城門を奪い移築したという伝承からこの名がついた。廃城後に徳祥寺(岩村町飯羽間)山門として移築され現存している。
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畳橋
 大手の入口は、高石垣と枡形門、三重櫓によって厳重に固められており、前面の空堀にL字形に架かる木橋を渡って内部に入るようになっていた。床板を畳のようにめくることができたことから、畳橋と呼ばれたという。
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 畳橋を過ぎると石畳ではなく普通の山道になってきた。前日の雨で道全体が湿っているのですべらないように注意して登っていく。

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霧ケ井
 霧ケ城と言われるもととなった井戸。敵が城を急襲したとき、この井戸へ城に秘蔵の蛇骨を投げ入れると忽ち霧が立ちこめ城を覆いかくしたと云う伝説があります。この水は今も絶えることなく湧き出し、昭和62年に岐阜県の名水50選に認定されました。
岩村町
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 こんな伝説があったとは。

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 この高さなのに確かに水が湧き出していた。

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菱櫓と俄坂
 山の形にあわせて石垣を積んだので菱形になった、山城特有のものである。この上にあった建物も菱形であったので菱櫓と呼ばれた。
(中略)
 中世の頃はここが大手門(正門)で大円寺城下町説もあり、大円寺へ通ずる険しい急坂も残っている。
 実際は裏手の門で、普段は使わないが落城等の非常口として用いられた。俄坂もその意味がある。俄坂の途中に中世城の遺構である東曲輪があるが、天然の峻険を利用し敵の来襲に備えていた。
岐阜県指定史跡 岩村城跡
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 そろそろ本丸跡が近づいてきたようである。


37下田歌子:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 今朝はまず岩村城跡へ登る。

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 坂を800mほど登るのである。

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 坂を少し登ると下田歌子先生の略伝があった。

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近代女子教育の先駆者  下田歌子先生 略伝
 下田歌子先生は安政元年(1854年)に岩村藩士 平尾しゅう蔵の長女としてこの地に生まれ、鉐(せき)と名づけられた。明治4年(1872)18才で父の元へ上京、翌5年に宮中の女官に登用された。宮中での歌会にいつもすぐれた和歌を詠み昭憲皇太后より歌子を名を賜った。
(中略)
 明治26年に欧米へ出張して女子教育を視察、同32年(1899年)に実践女学校及び女子工芸学校を創設して校長となった。現実践女子学園である。
(中略)
 先生は女子教育に一生を捧げ学者であり歌人であり、社会奉仕家で意志強固、熱弁家で男子を凌ぐ、明治・大正の日本未曾有の女傑で才色兼備の女性であった。昭和11年、83才で死去した。

 明治41年特旨を以って 従三位勲三等に叙せられた。
 恵那市教育委員会
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 実践女子学園の創始者が岩村の出身なんですね。

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 下田歌子先生の顕彰碑。

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下田歌子勉学所
(中略)
 歌子女史は5才で俳句をつくり和歌を詠み7-8才にして美事な韻を踏んだ漢詩を賦し、神童と呼ばれた。
 しかし、女であるため、すぐ近くにある知新館に学ぶことは許されなかった。
(中略)
 この室は父の書斎であり、女史の勉強した室である。
 幼い頃から女史の胸中に秘かに燃えていた炎は、女というだけで知新館へ入学できなかったという反発であった。
 18才で上京し、やがて実践女子学園を創立するにいたった苦難の道を進むのを支えたのは、この炎であった。
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 ここが勉学所である。

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 そして勉学所のそばには銅像がある。

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三好学博士像
 環境があって そこに人間が存在する   三好学
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 三好学博士の銅像もある。

36朝食:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 昨夜は部屋に戻って大正浪漫亭で買ったプリンを食べてから、ゆっくりと休むことができた。
 そして朝食の時間だ。

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おはようございます
朝ごはんは健康を思い「まごわやさしい」を基本にしています

「ま」まめ類、「ご」ごま類、「わ」わかめ海藻類、
「や」やさい、「さ」さかな、「し」しいたけ類、「い」いも類

白飯は「農村景観日本一」富田・大円寺コシヒカリ米です
手作り「しそ味噌」「あじめ味噌」をごはんのお供にお召し上がりください
(売店にて好評販売中)
〜皆様にとって良き1日になりますように〜
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 「感謝」と書かれた小さな紙に上記の文字が書かれていた。

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 湯豆腐、赤だし、焼きのり、茶わん蒸し、とろろ以外に写真のような様々なおかずが出てきた。

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 今日は昨日と打って変わって快晴なのだ。お城を模した岩村山荘もご覧のような輝きである。空は「半分」どころか「全部」青い!(笑)


35館内:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 ロビーの一角にはサンタクロースの飾りがありクリスマスムードである。

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 ロビーの別の一角には「半分、青い」の資料があった。

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 館内と売店はシンプルである。


34夕食:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 夕食は戦国料理ということだ。

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 この囲炉裏端での料理を戦国料理と称するのだろう。

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 天井が高く吹き抜けになっている。

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 朴葉に乗った味噌も囲炉裏で焼いてから野菜につけて食べるように言われた。

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 こんな感じである。

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 そしてメインは飛騨牛。かなりのボリュームである。

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 先ほどまで生け簀で泳いでいたイワナも豪快に焼いている。

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 ほくほくして美味しい。

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 熱燗の徳利には岩村城が、おちょこには岩村山荘の文字が入っている。

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 五平餅と焼きおにぎりでフィニッシュ。

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 量も質も満足した。ごちそうさまでした


33常夜灯〜岩村山荘:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 今夜の宿は岩村山荘でまだまだ歩く必要がある。

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 常夜灯があったので、ここを左折する。

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上町常夜灯
 寛政7年(1795)、上町・中町の有志により、ここから約100m南東の上町木戸付近に建立したもので、銘には「明和二乙酉秋創立寛政七乙秋再建」とある。戦前に国道257号沿いに移されていたが、昭和62年(1987)、岩村城創築800年を機にここに移された。城下町は江戸時代に度々大火に見舞われたことから、火伏せ(神仏の力により火災を防ぐこと)を祈願して建立したと伝えられる。正面に大神宮(伊勢神宮)を配して天下泰平を、左側に秋葉大権現を配して火伏せを、右側に金比羅大権現を配して招福繁栄を願ったものである。
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坂を登ると右手に太鼓櫓が見えてきた。

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 そして左側には岩村山荘の看板がみえた。地図によると岩村駅から1.7kmの距離だが登り坂が続いたので少し疲れた。

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 外観は山荘というよりお城のようだ。岩村城を模したものだろう。


秘境駅の謎

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[題名]秘境駅の謎
[編集]「旅と鉄道」編集部
[発行]天夢人
[定価]1,600円
[発行日]2018/3/26
『旅と鉄道』本誌でも、売上好調テーマの秘境駅。これまで4回にわたって特集してきたなかから、記事を再編集してまとめました。秘境駅訪問家の牛山隆信や、地図研究家今尾恵介による熱筆ルポを掲載。秘境駅のすべてが集約された1冊です。
●飯田線大研究
●今こそ行くべき秘境駅
●秘境駅の旅に出よう
●最後の三江線


そうなんです。「旅と鉄道」に掲載された記事が中心なんです。どうもどこかで読んだ内容だと思ってました。読んでいてもすべてを記憶しているわけではないので、十分に楽しめました。



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Author:かめ

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参加しています。
(敬称略)


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長期連載しています。


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