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09羽前成田駅1:山形鉄道

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 次の列車までは12分ある。

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 乗ってきた列車を見送る。

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 ホームから荒砥方面を見る。木造駅舎が渋いが、線路の左側の防風林もなかなか渋い。

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 羽前成田駅ロックガーデンがあった。

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羽前成田駅ロックガーデン
このロックガーデンは、ガーデンデザイナー玉崎弘志氏指導のもと、英国王立園芸協会日本支部の認定する有資格者の皆さんと、長井市、「羽前成田駅前おらだの会」が協力して制作しました。   2014年5月31日〜6月1日
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 広い範囲に花が植わっている。

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 羽前成田駅のスタンプ。

08白兎~羽前成田:山形鉄道

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 白兎駅8時21分発の列車に乗る。羽前成田駅着は8時24分とわずか3分の乗車だ。

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 これから乗る列車が荒砥方面からやってきた。

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 車内には鉄道むすめのキャラクターがあった。鮎貝りんご嬢となっており、抱いているのは兎かな。名前は鮎貝駅と梨郷(りんごう)駅の合体である。

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 一日フリー切符以外に、親子孫乗り放題切符や回数券・利用券・新幹線リレー切符などのお得な切符が紹介されている。

07白兎駅2:山形鉄道

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 ホームに戻るとQRコードのある看板が目に入った。
「私をそこに連れてってー やまがた景観物語 おすすめビューポイント33 “白兎駅から見るフラワー長井線と西山の眺め” 詳しくはQRコードで」


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 早速QRコードを読み取ると、こんな画像があった。確かにのどかでよい景色である。


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 景観の特徴も書かれている。秋の景色がよさそうだ。


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 さらにイベント情報も。最上川花火大会なんてのもある。


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 そしてグルメ情報もあった。でも長井紬やけん玉ってグルメじゃないでしょ!


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 周囲の観光スポットもあるが、かなり遠くのスポットも混じっている。


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 白兎駅のスタンプ。「湯の香 花の香 紬の里へ 白兎」と書いてある。言葉は今泉駅と同じだ。こちらも長井駅にあったものである(以下駅スタンプはすべて長井駅にあったもの)。

06白兎駅1:山形鉄道

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 次の列車まで32分間ある。

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 乗ってきた列車を見送る。


190526d白兎駅出発

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 「しろうさぎ」駅と書いてある。この駅は1989年(平成元年)12月に新設され、山形鉄道で3番目に新しい駅である。「うさぎ」という駅名は日本でここだけらしい。

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 ホームから長井方面を見る。田畑がめいっぱい広がっている。

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 ホームから荒砥方面を見る。こちらも同様である。

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 待合室の中の料金表。あと3駅で終点荒砥駅という場所に位置している。

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 駅全景である。

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 駅前の一角に小さな駐車場と公園があった。看板には「次世代へ、残そう守ろう“水・緑” 環境育む“葉山郷”(白兎地区環境保存会)」と記してある。

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 少し木陰があったのでここでしばし休憩する。

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 駅前には駐輪場もある。

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 近くに踏み切りがないので、このあたりを渡る輩もいるのだろう。「あぶない 列車は急に止まれません 線路横断、立入はしないでください。 JR保線区長」と書いてある。JR時代のものが残っている。

05今泉~白兎:山形鉄道

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 今泉駅7時30分発の列車に乗る。白兎駅着は7時49分の予定だ。

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 赤湯方面から2番線に列車が到着した。

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 出発する前に、運転士さんから一日フリー切符を購入する。

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 そして今泉駅を出発する。


190526a今泉駅出発

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 JR米坂線としばらく並走しており、今泉駅から北に2kmほどのこの場所で米坂線を左に分ける。かつて白川信号場と称していたが現在は今泉駅構内の扱いとなっている。


190526b山形鉄道と米坂線との分岐

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 見えてきたのが時庭駅。周囲はのどかな田園風景である。

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次いで南長井駅。このあたりから周囲に民家が多くなってきた。この駅で学生が大量に下車。ここは県立長井高校の最寄り駅だ。
 
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長井駅のホームが見えてきた。


190526c長井駅到着

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 この長井駅に山形鉄道の本社がある。ここで逆方向の列車と列車交換した。

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 ここがあやめ公園駅。近くにあやめ公園がある。

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 次は木造駅舎が美しい羽前成田駅。ここで鉄っちゃんらしき乗客が一人下車した。私は後ほど寄る。

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 そして19分で白兎駅に到着した。JR西日本には京都・大阪と鳥取・倉吉間を結ぶ特急に「スーパーはくと」というのがあるが、この駅は「しろうさぎ」と読む。

04今泉駅:山形鉄道

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 JR米坂線の今泉駅4番線ホームに7時14分に到着した。

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 跨線橋で駅前に行ってみよう。

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 1,2番線が山形鉄道フラワー長井線のホームになっている。

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 跨線橋から乗ってきた列車を眺める。

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 右手の階段を下ると1,2番線ホームになる。

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 ここが駅前広場である。今泉駅は、鉄道紀行文学で有名な故宮脇俊三氏が1945年(昭和20年)8月15日に駅前広場で父と一緒に玉音放送を聞いた場所として鉄道ファンには有名である。ここがその駅前広場なのだと思うと感慨深い。

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 長井市営バスやタクシー乗り場もある。

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 しばらくしてから山形鉄道フラワー長井線のホームへ行く。

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 これが山形鉄道の駅名標である。

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 こちらが駅スタンプ。「湯の香 花の香 紬の里へ 今泉」と書いてある。山形鉄道の駅スタンプはすべて長井駅で管理されている。

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 この今泉駅で山形鉄道フラワー長井線に乗り換えである。今回は事前に私流の列車ダイヤを作成してみた。こうすると全行程が視覚的に確認できるので便利であるし、またアクシデントが起こった際のリカバリーもしやすい。

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 拡大してみる。列車のダイヤ(筋)は青線で示してあり、乗る予定の列車には赤線で記してある。今泉に7時14分に到着し7時30分発の列車で白兎で7時49分に下車する。32分待ってから、逆向きの8時21分の列車に乗り羽前成田で8時24分に下車。12分待ってから、逆向きの8時36分の列車に乗り・・・・・ととてもわかりやすい。どこで列車交換するかもすぐにわかる。自画自賛!!!(笑)

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 この山形鉄道フラワー長井線は、1923年(大正12年)4月に赤湯~荒砥が国鉄長井線として全通した。当時の駅は赤湯、宮内町、梨郷、西大塚、今泉、時庭、長井、羽前成田、蚕桑、鮎貝、荒砥の11駅であった。その後、西宮内駅(1959年(昭和34年))、南長井駅(1960年(昭和35年))を新設した。1988年10月に山形鉄道フラワー長井線となり、同時に南陽市役所前駅を新設、宮内町駅を宮内駅へ、西宮内駅をおりはた駅に改称した。
 そして1989年(平成元年)白兎駅、2002年(平成14年)あやめ公園駅、2007年(平成19年)四季の郷駅を新設し、合計17駅となった。
 全線単線であり、宮内駅、今泉駅、長井駅のみで列車交換が可能である。

03米沢~今泉:山形鉄道

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 定刻になると列車はスーッと出発した。進行方向左側に奥羽本線が離れていく。

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 しばらくすると最上川を渡る。最上川は全長229kmの一級河川で、一つの都府県のみを流れる河川としては国内最長である。また流域面積は7,040平方kmでこれは山形県の面積の約75%にあたる。

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 車窓には、田植えの終えたばかりの田んぼが美しい里山の景色を彩っている。

 米沢の次の南米沢で観光客らしき若者が乗車してきた。しばらくして尋ねられた。「米沢駅に行きたいのですが、ひょっとして逆方向ですか?」と。逆向き列車に乗ってしまったようだ。「これは逆方向なので、次の西米沢駅に着いたら運転手さんに説明して下車した方がいいと思います。」と答える。見ていると停車中に運転手さんとやりとりをしてそのまま下車した。時刻表を検索すると27分待てば米沢行きに乗れそうである。朝だから30分弱の待ち時間ですんだけれど、昼間は閑散なダイヤになるので待ち時間はもっと長くなる。

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 雪山が周囲に見えている。方向から考えると、こちらは朝日山地だろうか。

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 そしてこちらが飯豊山地かな。米沢盆地の地形を実感する。

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 今泉駅に近づいてきた。右側からは山形鉄道フラワー長井線の線路が寄り添ってくる。

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 今泉駅のホームが見えてきた。2面4線の一番左端のホームに入線するようである。

02米沢駅:山形鉄道

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 2019年5月26日(日)。天気は快晴だ。まずは米坂線で今泉駅まで移動する。

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 米沢駅前の歩道にはこんな図柄のタイルがあった。いろいろなお祭りがあるようだ。

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 5番線から6時44分発の普通ワンマン2両編成の羽前椿行きに乗る。羽前椿は今泉よりも二つ先の駅である。この区間の列車が多いので、羽前椿までが生活圏なのだろう。

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 改札を通り右へ向かう。奥羽本線は階段を登るが、米坂線は階段を回り込むように進む。

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 さらに先に5番線がある。

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 切り欠き型ホームにはすでに列車が止まっていた。

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 車内は2列+1列の座席がある。乗客はそれほど多くない。

01米沢前泊:山形鉄道

大山街道歩きはまだ続きますが、ここで今年の5月にいった山形鉄道の記事にします。大山街道歩きはその後で。

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 2019年5月25日(土)、仙台での仕事を終えてから、普通列車を利用して、仙山線と奥羽本線で米沢駅へ移動する。

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 駅から徒歩5分ほどのビジネスホテルへチェックインする。

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 プライベートバスがあるので利用してみよう。

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 ジェットバスで身体の疲れをいやす。

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 街を歩くとこんなレトロな建物があった。歴史の宿「ホテルおとわ」であった。こんな宿にも泊まってみたい。

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 夕食は駅前の観光案内所でお勧めされた牛鍋おおきへ。

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 米沢牛鍋定食をいただいた。お腹も心も満たされた。ごちそうさまでした。
 明日は山形鉄道フラワー長井線を旅する予定である。いい旅になるといいなぁ。

10蛇松線廃線歩き(4):伊豆箱根鉄道駿豆線

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 廃線歩きもここまでだろうと思い沼津駅へ行こうとするが、道路の向こう側に何か続きがありそうだ。倉庫の建物が道路に対して垂直ではなく斜めになっている。地図の(11)あたり。

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 道路を渡り二つの建物の間をよくみると、、、、、車の下と向こう側にレールらしき構造物が見えた。

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 慎重に進んでみると舗装されていない部分に線路がくっきりと残っている。

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 車の向こう側にもずっと線路が残っている。まさしく廃線跡だ。

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 線路は右にカーブしながらフェンスのところで途切れているようだ。地図の(12)の場所。

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 フェンスの向こう側に回ってみた。ちょうど駐車場だったので都合がよい。すると途切れた線路とともに橋脚の一部が残っているのがわかった。小さな興奮状態である(笑)。地図の(13)の場所。

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 近くの地図ではこうなっている。地図の(13)の場所が橋脚があった場所である。

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 バスに乗ってきた仲間と沼津駅で合流し、東海道本線と小田急線で帰ってきた。
 楽しい旅であった。イーエスツアーの皆様、どうもありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

(沼津港1324→1638沼津 伊豆箱根バス)
沼津1705→1727熱海 東海道本線 熱海行き
熱海1737→1758小田原 東海道本線 快速アクティー 小金井行き

09蛇松線廃線歩き(3):伊豆箱根鉄道駿豆線

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 単調な歩道だが、もう30分近く歩いてきた。

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 すると歩道橋に差し掛かった。地図の(9)の場所である。

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 「じゃまつしろがねほどうきょう」と書かれている。漢字ではおそらく「蛇松白銀歩道橋」なのだろう。

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 かなり長い歩道橋である。

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 旧国道1号線をオーバークロスしている。

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 歩道橋を下ってきている。

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 地図の(10)についた。看板の後ろ側が見えている。蛇松線の歴史か何か書かれているのかと思ってみると、、、

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 単に「蛇松緑道」と書かれてあるだけだった。残念!

08蛇松線廃線歩き(2):伊豆箱根鉄道駿豆線

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 進行方向に富士山が見え隠れしている。

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 歩道と緑地が続いている。

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 地図の(6)の場所には、「緑道完成記念植樹 沼津専門店会30周年記念 昭和55年4月6日」と書かれた石碑があった。

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 このあたりは「幸の池」など他より少し広いスペースが広がっている。地図の(7)あたり。

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 さらに、さらに蛇松緑道が続いている。

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 交差点の名前にも「蛇松緑道」としっかりと書かれている。地図の(8)の場所。

07蛇松線廃線歩き(1):伊豆箱根鉄道駿豆線

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 この地図の赤線が蛇松線である。

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 帰りのバスまでまだ時間があるので、Sさんと二人で蛇松線(通称沼津港線)の廃線跡を見に行きましょうということになり、沼津港から交差点を渡った歩道にある線路跡の場所にやってきた。上の地図の(1)の場所である。蛇松線は東海道本線の沼津駅から沼津港までを結んでいた貨物専用線で、1888年(明治21年)に開業し、1974年(昭和49年)に廃止された。

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 こんなタンク機関車が走っていたのだろう。右側は「蛇松」の絵が描かれている。

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 さらに道路の向こう側にレールを発見! その跡をたどっていく。地図の(2)の場所だ。

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 なんだかむき出しの線路になってきた。地図の(3)あたり。

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 ガードレールが線路の中に入り込んでいる。

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 しばらくすると線路はなくなり、その線形に沿って歩道と緑地になっていた。地図の(4)あたり。

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 地図の(5)の場所に着いた。信号機の向こうに富士山が見える。Sさんと二人で「ここまできたら沼津駅まで歩いてみよう」ということになった。

06武田丸:伊豆箱根鉄道駿豆線

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 沼津駅からは伊豆箱根バスに乗り沼津港へ向かう。そして「すし・さかな バイキング 武田丸3号店」でランチタイム。
 期待が大きかっただけに内容はちょっとだけ残念だった。まぁ世の中そんなものだろう。

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 食後に店を出るとこんな亀に気がついた。五円玉を結んだ赤い糸が首に数多くかかっている。

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 オプショナルツアーで沼津港クルーズ(30分、1000円)があったが今日は波が高いので中止だそうだ。

沼津1310→1324沼津港 伊豆箱根バス

05大場~沼津:伊豆箱根鉄道駿豆線

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 大場から三島を経て沼津へ移動する。

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 大場の3番ホームは頭端式のため、当駅始発の列車のみが利用できる。

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 三島へ着いた。これで伊豆箱根鉄道駿豆線とはお別れである。なんだかちょっと物足りないような別れとなってしまった。地下道を通って東海道線に乗り換える。

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 東海道線のホームから伊豆箱根鉄道駿豆線のホームを眺める。一番右の線路は、JRから駿豆線への渡り線で特急踊り子号はここを通って相互乗り入れしている。

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 東海道線の駅名標。隣の駅が沼津である。

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 沼津駅に到着した。

大場1228→1238三島 伊豆箱根鉄道駿豆線 三島行き
三島1248→1252沼津 東海道本線 島田行き

04鉄道工場見学:伊豆箱根鉄道駿豆線

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 韮山から大場へ移動する。ここには伊豆箱根鉄道本社と鉄道整備工場がある。

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 予約しておけば工場見学ができるようだ。「電車工場」とかかれた上には手作りの鉄道模型があった。

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 「ラブライブ!サンシャイン!!」ラッピング車両があった。明日、撮影会があるようだ。

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 これが台車。予想したよりも大きなものである。

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 裏の方には昔の列車や貨車が保存されている。

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 「トム」とは国鉄の無蓋貨車のことだが、「アメリカ製の貨車だからトムと書いてある」と冗談を言ったら信じた参加者がいた(笑)

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 コカ・コーラのラッピングドア。何かのコラボがあったのだろうか。
 
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 そろそろ工場見学も終わりに近づいてきた。

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 こちらは昔の電気機関車だったっけ?

韮山1037→1048大場 伊豆箱根鉄道駿豆線 三島行き

03韮山いちご狩りセンター:伊豆箱根鉄道駿豆線

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 韮山駅からは徒歩である。鉄旅なのに徒歩である。約20分の徒歩で韮山いちご狩りセンターに着いた。事務所で受付してから行動開始である。

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 近くにあるビニールハウスまで車で送ってくれる。

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 こんな感じで通路の両側においしそうなイチゴがなっていた。50個くらい食べたかな? かなり満足した。

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 徒歩で韮山駅に戻る。

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 伊豆箱根鉄道グループは100周年を迎えた。駿豆線ができてから2017年で100年だ。

02小田原(新幹線)三島(駿豆線)韮山:伊豆箱根鉄道駿豆線

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 行程に変化を持たせるために小田原から三島まで新幹線で移動する。もちろん在来線でも良いのだが往復同じ線路を通らないようにという主催者の配慮である。鉄旅らしいこだわりだ。

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 わずか16分で三島に着いた。ホームからは富士山の姿がきれいに眺められた。

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 地下を通って駿豆線のホームへ移動する。伊豆箱根鉄道なので「いずっぱこ」などと呼ばれているらしい。

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 7番目の韮山駅で途中下車する。

小田原0803→0819三島 東海道新幹線 こだま635号 名古屋行き
三島0831→0850韮山 伊豆箱根鉄道駿豆線 修善寺行き

01小田原へ:伊豆箱根鉄道駿豆線

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 2019年1月26日、第7回目のTTC(Tokai Tecchan Club)は伊豆箱根鉄道駿豆線への旅。集合は午前7時20分に小田原駅。朝まだ暗い中を自宅から伊勢原駅まで歩く。

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 伊勢原駅そばの松屋で朝食。お腹も満たされた。

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 伊勢原駅南口の朝の様子。

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 伊勢原駅6時43分発の急行小田原行きに乗る。

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 定刻通りに小田原駅に到着。こちらは東口。

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 こちらは西口である。

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 集合場所は西口にある新幹線のりば。すでに数多くの参加者が集まっていた。

伊勢原0643→0713小田原 小田急小田原線 急行小田原行き

49エイト:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 恵那駅の観光案内所で昼食の場所を尋ねたところ、いくつか勧めていただいた中の一つの洋食エイトに行った。老舗の洋食屋ということだ。

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 私はA定食、妻は本日のランチを注文。お客さんが多いわりにフロアは年配の女性一人。食後のコーヒーがでてくるのが遅かったのが残念だが、人出不足なのだろう。

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 恵那駅にもどり「えなてらす」でお土産を買って今回の旅はお終い。今日の夕食用に名古屋駅で駅弁を買い新幹線に乗ってまっすぐに自宅を目指す。初日の天気が残念だったが、二日目は晴天でよかった。終わりよければすべてよし! である。

恵那1401ー1513名古屋 中央本線 快速
名古屋1526ー1636小田原 東海道新幹線 ひかり524号
小田原1646ー1720伊勢原 小田急線 急行


48阿木〜恵那:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 阿木駅を出発する。(最後尾から撮影)


181224b阿木〜飯沼

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 この駅は昔は交換設備があったようだ。ここで列車交換すれば混雑時には列車本数をもう少し増やすことができそうだ。でも需要がないのかな?(最後尾から撮影)

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 右側から中央本線が迫ってくるともうすぐ恵那駅に到着する。(最後尾から撮影)

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 折り返してイベント列車のじねんじょ列車として明智駅を目指す。

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岩村1149ー1216恵那 明知鉄道 急行大正ロマン2号(じねんじょ列車連結)


47岩村〜阿木:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 恵那方面から列車がやってきた。


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 明智方面からはじねんじょ列車がやってきた。

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 2両編成で1両目がじねんじょ列車で2両目が急行大正ロマン2号になっている。じねんじょ列車は食事の準備がされているが乗客はまだゼロであり、おそらく恵那駅から乗車して明智駅まで食事を楽しみながら乗るのだろう。

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 のどかな車窓をみながら列車は進む。

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 ふとフリーきっぷの裏を見ると、「日本大正村4館入場券100円引き」とあるのを発見! 少しだけ損した感じである。気がつかないほうがよかったかも知れない。

岩村1149ー1216恵那 明知鉄道 急行大正ロマン2号(じねんじょ列車連結)


46岩村駅3:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 ホームには岩村駅名標、岩村城天守閣、石垣、女城主、てつじぃなどが出迎えてくれていた。

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 ふと見上げると頭上には「美濃国岩村城 女城主の里」と書いてある。

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腕木式信号機復元
 昭和9年6月の明知線開通時から平成16年3月末まで活躍した腕木式信号機は、役目を終え撤去されましたが、平成18年4月見学用として復元されました。
平成18年4月 明知鉄道株式会社

【別看板】
腕木式信号機
 昭和9年6月明知線開業以来地域の皆様に支えられ親しまれてきましたが、近代化の波にのまれ平成16年4月電子連動化により姿を消すこととなりました。
 地域の皆様の根強い要望にのり、恵那市の協力を得て、平成18年4月復元しました。
明知鉄道株式会社
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 懐かしい腕木式信号機が復元されているらしい。

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 この二つがそうである。

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 構内踏切から恵那側を眺める。

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 こちらは構内踏切から明智側を眺める。

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 ホームは互い違い(千鳥式)に配置されている。


45岩村駅2:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 岩村駅に着いた。

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 駅前には佐藤一斉の言志録があった。

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 佐藤一斉、下田歌子、三好学は岩村の三偉人だそうだ。

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 駅舎内のキッチンゆらでホットコーヒーを飲む。ここでは写真のような岩村駅丼を食べることもできる。岩村駅丼は400gで600円、城下町盛りは700gで1,000円、お城盛りは1600-1700gで1,800円となっている。お店の女性に「お城盛りを食べ切る人はどのくらいいるのですか?」と尋ねると、壁に貼られた写真を指差し、「この写真の方々はお城盛りを食べ切った人たちです」ということだった。写真をみると、かなりがっしりした人が多かった。

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 五平餅ストラップがあったので購入した。

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 岩村で昼食を食べてから12時57分発の列車で恵那へ向かう予定であったが、1本前の列車で恵那へ向かい恵那駅近くで昼食を食べようということになった。11時49分発の列車(急行大正ロマン2号)には「月曜運休」の文字が! 今日は祝日の月曜日だ。

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 よくよく見ると「休日の月曜日は運転」となっていた。念のため駅員さんに確認すると、今日は運転しているとの返事を得てホッとする。

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 岩村から恵那までの切符を買い列車の到着を待つ。


44鴨長明塚:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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伝鴨長明塚
 「方丈記」の作者、鴨長明(1155-1216)は、下鴨神社(京都市)の禰宜の次男に生まれ、和歌や管弦の道を極めました。50歳のとき、宮司に推挙されましたが実現せず、失意のうちの出家し、方丈(一丈約3m四方)の庵をむすんで隠遁生活に入りました。
 口伝によれば、衆人の前で秘曲を披露して鎌倉を追われた長明は、遠山景廉の好意で岩村の両家(現在の領家)に逃れ、半年を過ごした後、病を得て入寂したといい、「思いきや 都を余所に はなれ来て 遠山野辺に 雪消えんとは」という辞世の歌が伝わっている。
(以下略)
平成20年1月  恵那市教育委員会 
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 岩村駅の近くには鴨長明塚があった。

43西町一丁目商店街(ふくろう商店街):明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 伝来菓子のかめやである。カステーラも人気があるらしい。

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 あらゆる場所にある幟。

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下町升形
 升形は、道路を直角に曲げ、敵が容易に侵入できないようにしたり町の中を見通せないようにしたりしたもので、岩村城下町では、下町、新市場、新屋敷の3箇所の町の入り口に設けられていた。
 ここ下町の升形は、城下町の西の入り口にあたる。岩村から名古屋や中山道へ向かう街道の起点となっており、3箇所のうちでは最も規模が大きかった。
(以下略)
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 京屋建具店。

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 明るいと写真が映える。

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 半分、青い関連のポスター。

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 新聞屋さん。

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 「おしゃれ木田原」になったやすだや洋品店の前を通って岩村駅へ向かう。


42土佐屋:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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紺屋「土佐屋」
 土佐屋の主屋は、安永9年(1780)頃の建築であると推定され土間ミセの商家(職人)形式の町家であり、岩村の江戸時代の町家を検証する上で、その歴史的価値も高い。建物の保存に当たっては、江戸時代の状況を出来る限り忠実に復元し、伝統工芸と町屋建築を併せて学べるような施設とした。
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土佐屋 主屋
 主屋は、今から200年以上前に建築されたものです。通りドマ・一列三間型で、通りドマがやや広めに造られていることを除けば、当時の町屋の典型的な間取りと言えるでしょう。当時、表のドマには染壺が据えられ、職人が生糸や布を染めていたものです。表のドマの天井が真っ黒に煤けているのは、染料を温めるために火を焚いていた名残といえます。
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紺屋
 江戸時代には染屋を紺屋と呼んだように、紺染めが多く原料は藍で、藍甕に糸や布を何度も入れて染めあげました。
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 紺屋の土佐屋も見学できるので中に入ってみた。

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天正疎水
 天正3年(1575)岩村へ入城した河尻秀隆は、城下町形成のために城下町を西方に移すべく、まず岩村川左岸を東から西へ通じる道路を中心に左右それぞれ2本ずつ、4本の用水路を設置しました。
 こうして、まず道路や用水など整備を整えてから人の住む家を建てることを都市計画といいますが、河尻秀隆によってその後の岩村町の基礎が築かれたといえます。
 この用水を天正疎水と言いますが、400年を経た今も、家々の下を流れ、生活のために役立っています。
恵那市教育委員会
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 これが天正疎水で今でも水が流れている。

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 店の奥には藍甕が所狭しと並んでいた。

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 機織りの機械も展示されていた。


41岩村本通り:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 常夜灯も昨日よりも明るく太陽に照らされている。

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 本通りもご覧のような静けさである。

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渋い石造りの梅庄商店。

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こちらは松浦軒本店。岩村にはカステーラで有名な老舗が、松浦軒本店、松浦軒本舗、かめやと三軒ある。

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 こちらは水野薬局。昨日も前を通ったがその時はかなり雨が降っていた。


40佐藤一斎座像:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 石畳を降りてきた。濡れた坂道は登りより下りの方が気を使う。岩村山荘の近くに佐藤一斉の座像があった。

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佐藤一斎翁顕彰碑建立趣意
 幕末最高の思想家佐藤一斎は「志こそが人間のレベルを決まる!」といい、志を養うべきことを説き、その思想を著書「言志四録(言志録、言志後録、言志晩録、言志耋(てつ)録)」などを書き残しました。
 碑文の「三学戒」は言志晩録の一節で最も輝いている言葉です。
 ここに全国各地300余名の賛同者の浄財により、一斎翁の「三学戒」を刻み、永く後世に伝えんとするものです。
平成8年10月19日
佐藤一斎顕彰碑建立実行委員会
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 「三学戒」が書かれている。
「少くして学べば 則ち壮にして為すあり
壮にして学べば 則ち老いて衰えず
老いて学べば 則ち死して朽らず」
 学ぶことの大切さを教えている。

39岩村城跡2:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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 岩村城の特徴の一つの六段の石垣が見えてきた。この上が本丸跡であろう。

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 やっと到着した。

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本丸
 本丸には納戸櫓など二重櫓2棟、多門櫓2棟が石垣城に構えられていた。東と北には一段低い位置に長局と呼ばれる細長い曲輪が付属する。正門は東曲輪側の東口門である。内部には施設はなく、広場となっていた。
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 ここに本丸があったようだ。

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岐阜県指定史跡 岩村城址
 岩村城は別名を霧ケ城といい、天然の峻険な地形を活用した要害堅固な山城で、海抜717mに位置し、全国の山城の中で最高地にあり、日本三大城の一つである。
(中略)
 建物は明治維新により廃城され、後明治6年(1873年)に取り壊された。
岩村町教育委員会
岐阜県教育委員会
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 海抜は717mと全国の山城の中で最高地にあるようだ。

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 本丸にも昇龍の井戸があった。海抜717mでも井戸があるのがこの場所が山城に選ばれた理由なのかもしれない。

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 遠くには雪をいただいた山々が見える。御嶽山などの中央アルプスなのかなぁ。

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 その右側にも山々が見える。

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 本丸の石垣を下から望む。空が青々しい。



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