FC2ブログ

16旧三宅家:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa160map.jpg
 大正ロマン館の隣にある旧三宅家に寄る。

ake18iwa161.jpg
 全体像である。

ake18iwa162.jpg
==========
旧三宅家
 当家は、古い歴史をもつ家柄であります。古記録によれば旗本遠山家に仕えていた第4代伊賢が馬木村に移住し農業に従事、その後元禄元年(1688)第5代与次郎重正に依って現在の母屋は普請されたと伝えられています。
 現在残っているものは母屋だけであるが、近代中期の民家の特徴である鳥居建ての形式が残っています。
 昭和53年に町文化財に指定後、平成3年明智町に寄贈され、綿密な調査に基づき当時の姿に復元されここに移築したものです。
==========

ake18iwa163.jpg
 屋根のカヤが不足しているので、北海道のススキを屋根の真ん中に使っているということだった。

15大正ロマン館:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa150map.jpg

ake18iwa151.jpg
 さらに坂を登っていくと大正ロマン館になるが、その途中に面白い看板を発見! 「保母歯科医院」。保母さんがいると子どもの歯の治療がしやすくなるのか、あるいは、ほとんど歯科医院だけど時々は他の仕事をしているのか(笑)

ake18iwa152.jpg

ake18iwa153.jpg
 大正ロマン館は立派な建物だ。ここは有料で、大正ロマン館・大正時代館・日本大正村資料館と合わせて500円というのでチケットを2枚買った。

ake18iwa154.jpg
 大相撲の春日野元理事長の像がある。

ake18iwa155.jpg
 こちらは日本大正村の初代村長である高峰三枝子氏の像がある。

ake18iwa156.jpg
 館内の様子。展示物の写真撮影は禁じられていた。NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」「わろてんか」で使用・収録されたアコーディオンやハーモニカがあったがそれほど感動できず。


14大正村役場:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa140map.jpg
 大正時計店の目の前が大正村役場だ。

ake18iwa141.jpg
==========
日本大正村役場(旧明智町役場)
 明治22年7月、明知町は町制を布きました。
 明治39年、本格的洋風建築として建てられ、昭和32年9月まで、明智町役場として使用されていました。
 瓦拭き寄せ棟造り二階建ての木造洋館で、当時としては目を見はるほどのモダンな建物でした。以来町の中心として衆議をはかり、町の発展を見つめて来ました。
 平成12年5月に文化庁の登録有形文化財に指定されました。
==========

ake18iwa142.jpg
 日本大正村開村記念の石碑があった。

ake18iwa143.jpg
 日本大正村役場という看板がある。

ake18iwa144.jpg
 大正モダンのコスプレをした若いカップルがいた。この写真の「大正107年」という表示を見て、男性が「大正は15年で昭和が64年で平成が30年だから計算すると大正107年になるんだね」と説明すると女性は「えっ、大正ってたった15年しかなかったの?」と返事をしていた。カップルの将来が心配になってしまった(笑)。

ake18iwa145.jpg
 日本大正村方言選番付があった。

「あんじゃない」→大丈夫だ、「しんじょか」→たしかに、「やくと」→わざと、
「べんこい」→かしこい、「かんかない」→しょうがない、「どえんけん」→でたらめ、
「ごたいげ」→気を使わせた、「へじくなる」→しゃがみこむ

まったくわかりませんねぇ。

ake18iwa146.jpg
 こちらは東濃弁。東美濃地方ということだろう。

「やっとかめ」→久しぶり、「かんかなぁ」→しかたがない、「いんね」→いいえ・ちがう、
「おおじょおこく」→どうにもならない、「わや」→無茶苦茶な様子、「まわし」→同意・したく

こちらもわかりませんねぇ。

ake18iwa147.jpg
 レトロな電話機にしてはかなり新品だった。

ake18iwa148.jpg
 全体像はこんな感じである。


13南北街道・大正時計店:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa130map.jpg

ake18iwa131.jpg

ake18iwa132.jpg
 南北街道を横切る。

ake18iwa133.jpg
 地図では大正村展示館となっているが、そこには大正時計店があった。

ake18iwa134.jpg
 なんだかとても懐かしい時計がたくさん展示されていた。昔はこんな時計が家庭にあったよね。


12大正路地:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa120map.jpg
 まずは大正路地。

ake18iwa121.jpg
 この橋を渡った先が大正路地だ。

ake18iwa122.jpg
 こんな感じ。路面が雨でぬれている。

ake18iwa123.jpg
 黒壁に白い窓枠が映えている。

ake18iwa124.jpg
==========
大正路地
 素封家であり、二代目町長、濃明銀行の創始者として町の発展に功績のあった故橋本幸八郎氏宅の年貢米を納めた米蔵と、江戸時代から続いた旧家の呉服問屋の反物類を入れた蔵の並ぶ路地です。蔵の白と黒のコントラストがあざやかです。この黒い羽目板は、数個の桟を取りはずすとすぐに一面の土壁となって防火壁の役目をはたし、窓を閉ざせば外からの火を防ぐ仕組みになっています。
 この坂道を登ると大正村役場に出ます。
 また、この坂道は明知城址への登城口。また、八王子神社、遠山氏菩提寺および歴代の墓、明智光秀公供養塔への近道でもあります。
==========


11大正浪漫亭:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa111.jpg
 まず向かったのは大正浪漫亭の近くの観光案内所。ここで無料の地図をいただく。

ake18iwa112.jpg
 NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」「わろてんか」で使用・収録されたイタリア鍵盤式アコーディオンや日本製ハーモニカが大正ロマン館に展示されているようだ。連続テレビ小説は見ていないが話題性があるのでちょっと見てみよう。

ake18iwa113map.jpg
 大正ロマン館へ向かいながらいくつかの施設に寄ろう。


10明智駅2:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa101.jpg
 駅舎内はきれいになっている。

ake18iwa102.jpg
 駅員のユニホームを着て「てつじぃ」と記念撮影ができるようになっている。

ake18iwa103.jpg
 明智駅舎外観。

ake18iwa104.jpg
 駅舎の隣には、2012年に明智駅前プラザ(喫茶店・地元産品の販売コーナー・トイレ)が開設された。

ake18iwa105.jpg
 その隣には恵那市恵南商工会明智本所がある。おしゃれな建物である。

ake18iwa106.jpg
 恵那市明智町一体は日本大正村となっている。この中のいくつかの施設を観光しようと思う。


09明智駅1:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa090map.jpg

ake18iwa091.jpg
野志駅をでた列車はもうすぐ終点の明智駅に到着する。

ake18iwa092.jpg
 明智駅に到着した頃には雨があがっていた。このまま雨があがればラッキーだなと思っていたが・・・・・

ake18iwa093.jpg
 車両基地や側線があり多くの列車が停まっていた。

ake18iwa094.jpg
 恵那駅でのSLの顔をしたマスコットキャラクターは「明知鉄道 公式ゆるキャラ てつじぃ」というらしい。

ake18iwa095.jpg
 駅スタンプ1。CS日テレの鉄道発見伝で、藤兄ちゃん 藤田大介アナが行く! となっている。

ake18iwa096a.jpg
 駅スタンプ2。町並みにロマン溢れる大正村-明智町 AKECHI-RAILWAY と書いてある。


08岩村〜明智:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa080map.jpg

ake18iwa081.jpg

ake18iwa082.jpg
 岩村駅で列車交換である。列車交換を行うのは岩村駅だけである。恵那~岩村まで30分ほどかかるので、現在の方法では列車密度が1時間以内になることはない。

ake18iwa083.jpg
 岩村駅の次の花白温泉駅には日帰り温泉が併設されている。

 写真はないが、花白温泉駅の次の山岡駅には古い車両が留置されておりレストラン(森の列車カフェ)として利用されている。

恵那1015ー1104明智 明知鉄道


07飯沼〜極楽:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa070map.jpg

ake18iwa071.jpg
 まだまだ登り坂である。


181223a阿木〜飯羽間

ake18iwa073.jpg
 わずか25㎞の路線だが二つの峠を越えるようだ。ここが一つ目の峠である。

ake18iwa074.jpg
 飯羽間駅。「いいばま」と読む。

ake18iwa075.jpg
 極楽駅。2008年に開業した明知鉄道で最も新しい駅である。

ake18iwa076.jpg
 佐藤一斎の 「人は須らく忙裏に間を占め 苦中に楽を存ずる工夫を著くべし」という碑文がある。これは「どうせやるなら楽しんでやろう」という意味らしい。

恵那1015ー1104明智 明知鉄道


06恵那〜飯沼:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa060a.jpg
 1時間に約1本で、1日13~14本の列車本数である。少ない本数ではあるが、地方ローカル線としてはがんばっていると思われる。

ake18iwa060mapa.jpg
 飯沼駅と阿木駅は中津川市になるが、それ以外の駅の所在地は恵那市である。

ake18iwa061a.jpg
 明智方面から到着した列車がそのまま折り返しの列車になる。

ake18iwa062a.jpg

ake18iwa063a.jpg
 恵那市街地を抜けると、登り勾配が続いておりのどかな車窓が見られる。

ake18iwa064a.jpg

ake18iwa065a.jpg
 飯沼駅はホームが33パーミル(1000メートル進むと33メートルの高低差となる傾斜)の勾配となっており、1991年の駅開業から1996年までは日本一勾配が急な場所の駅であった。

恵那1015ー1104明智 明知鉄道


05多治見〜恵那:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa051.jpg
 多治見駅構内をぶらぶらして時間を潰そう。しかしそう見どころもないので、ちょっと早いけれどホームに戻る。この行動が幸いした。実は私は9時27分発を9時37分発と勘違いしており、そのまま時間をつぶしていたら危うく乗り遅れるところだったのである。妻からはイエローカードが出された。

ake18iwa052.jpg
 恵那駅に到着した。かなり雨が強くなっている。

ake18iwa053.jpg
 恵那駅には恵那市観光物産館「えなてらす」が併設されている。お土産屋+観光案内所である。

ake18iwa054.jpg

ake18iwa055.jpg
 JR恵那駅とえなてらすの間に明知鉄道恵那駅がある。明知鉄道は昭和8年(1933年)に国鉄明知線として恵那(当時は大井)~阿木まで部分開業し、翌年6月に明知駅まで全線開業となった。国鉄の廃止対象路線となったため昭和60年(1985年)11月に明知鉄道明知線となった。終点の明知駅は明知鉄道開業時に町名に合わせて明智駅と改称した。

ake18iwa056.jpg
 恵那駅構内ではSLの顔をしたC12のマスコットキャラクターが出迎えてくれる。

ake18iwa057.jpg

ake18iwa058.jpg
 明知鉄道全線フリーきっぷを1枚、そして恵那〜明智までの片道切符を1枚買った。

ake18iwa059.jpg
 恵那市は2004年10月25日に恵那市、岩村町、明智町などが合併し新生「恵那市」となった。恵那市明智町が明智光秀生誕の地として知られている(諸説あるようだが)。

多治見0927ー0955恵那 中央本線 快速

04名古屋〜多治見:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa041a.jpg
 当初は名古屋発8時46分の快速(恵那着9時55分)の予定だったが、普通列車で多治見まで行き、そこで当初の予定の快速に乗り換えることにした。写真は千種~大曾根あたり。このあたりから雨が降り始めた。

ake18iwa042a.jpg
 名古屋近郊の秘境駅の一つである定光寺駅。雨で煙っている。

ake18iwa043a.jpg
 その次の古虎渓駅。時間があったらこの二つの駅には途中下車してみたい。

ake18iwa044a.jpg
 多治見駅に9時13分着。この列車はここで折り返すので行き先表示がすでに「名古屋」になっている。

ake18iwa045a.jpg
 多治見駅名標。多治見からは美濃太田へ向かう太多線も出ている。美濃太田からは長良川鉄道に乗り換えることもできる。

ake18iwa046a.jpg
 多治見市マスコットキャラクターのうながっぱ。観光案内所の隣でこちらを見つめている。

名古屋0831ー0913多治見 中央本線


03小田原〜名古屋:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa031.jpg
 小田原駅から東海道新幹線のひかり501号に乗る。名古屋以西に行くにはひかりが便利だ。

ake18iwa032.jpg
 このひかりは小田原を出た後、豊橋に停車し次が名古屋である。名古屋で下車しJR乗り換え改札を通ってJR乗り場へ行く。

小田原0704ー0818名古屋 東海道新幹線 ひかり501号


02BECK’S COFFEE SHOP:明知鉄道(明智・岩村)紀行

ake18iwa021.jpg
 東海道線乗り場の近くにあるBECK’S COFFEE SHOPで朝食を食べよう。

ake18iwa022.jpg
 私はホットドックとオニオングラタンスープ。妻はサンドイッチとミネストローネスープ。

ake18iwa023.jpg
 カウンター席に座ったのでご覧のように電車を見ながら食事ができる。鉄っちゃんにはうれしいお店である(笑)。

01伊勢原〜小田原:明知鉄道(明智・岩村)紀行

 2018年12月23日-24日、妻と二人で1泊旅行に出発した。行き先は明知鉄道方面。乗り鉄と観光を兼ねた旅である。

ake18iwa011.jpg

ake18iwa012.jpg
 自宅を出たのは5時45分頃。まだ真っ暗である。伊勢原駅も入口とホームの明るさが目立つ。

ake18iwa013.jpg
 急行小田原行きに乗る。車内がガラガラに空いている。

ake18iwa014.jpg
 小田原駅に到着した。静かな小田原駅である。

ake18iwa015.jpg
 JR東海道線乗り場も閑散としている。

伊勢原0603ー0633小田原 小田急線 急行


57大垣〜名古屋:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru571.jpg
 さて帰路につく。14時26分発の豊橋行き快速で名古屋を目指す。予定より4時間くらい早いが暑さに疲れた。

yo18taru572.jpg
 大垣駅を出発してしばらくすると、樽見鉄道が左に分かれていく。

yo18taru573.jpg
 遠くに樽見鉄道の揖斐川橋梁が見えている。


180716g新揖斐川橋梁

yo18taru575.jpg
 旧揖斐川橋梁を左手に見ながら、新揖斐川橋梁を渡る。

yo18taru576.jpg
 翌日の新聞でも猛暑の話題が満載だった。

==========
2018年7月17日付け読売新聞
猛暑列島
 今夏最高39.3度  岐阜・揖斐川
 3連休の最終日となる16日、日本列島は高気圧に覆われ、各地で猛烈な暑さとなった。気象庁によると、同日午後8時現在、西日本豪雨の被災地を含む全国186地点で最高気温が35度以上の猛暑日を記録した。熱中症(疑いを含む)も相次ぎ、読売新聞の集計では、全国で4人が死亡し、4人が意識不明の重体となっている。同庁によると、この暑さは今後1週間以上、続く見通しという。
==========

 「暑い、暑い」、「猛暑だ!」、「猛暑だけにもうしょうがない!」を連発してきたが本当に暑かった。熱中症にならなかったことに感謝したい。

大垣1426-1458名古屋 東海道本線
名古屋1526-1635小田原 東海道新幹線 ひかり524
小田原1646-1720伊勢原 小田急線 急行

56飛騨牛うどん@さらしな:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru561.jpg
 さてまだ少し食べれるぞ。2日間で3回目のさらしなへ。よくお世話になったなぁ。居心地が抜群なのだ。

yo18taru562.jpg

yo18taru563.jpg

yo18taru564.jpg
今度は飛騨牛 牛うどんだ。うどんは柔らかめでやや太め。スイスイと入っていく。大垣に来たらまた来てしまいそうだ。

55タンタンメン@チャングイ:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru551.jpg
 猛暑の中を大垣駅からチャングイまで歩く。わずか3-4分なのだが、汗が噴き出す。

yo18taru552.jpg
 涼しい店内は天国のようだ。2016年度GAKIめし(大垣めし)グランプリのタンタンメンをいただくとしよう。暑さには熱さと辛さで対抗である。

yo18taru553.jpg

yo18taru554.jpg
 真っ赤なスープのタンタンメンは、覚悟していたからか、予想よりも辛くない。それでもメガネをはずしてフーフーしながら食べることになった。スープは残した。

54水鳥〜樽見〜大垣:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru541.jpg

yo18taru542.jpg
 水鳥駅に戻ってきた。駅前一等地に田んぼが広がる。

yo18taru543.jpg
 そして一旦、終点の樽見駅に戻る。駅で列車を待つのも暑いので、涼をとるために少しでも列車に乗っていたいのである。

yo18taru544.jpg
 再び同じ列車で今度は大垣方面へ出発する。第十根尾川橋梁から涼し気な根尾川が見えている。

yo18taru545.jpg
 樽見駅から20分で神海駅に到着。大垣駅まであと50分ほどである。

yo18taru546.jpg
 大垣駅に着くと、写真のような降車証明書が渡された。これでJR大垣駅の自動改札機が通れるようだ。

yo18taru547.jpg
 大垣駅近くの商店街のアーケードからはミストが出ていた。真夏はいつも暑いのだろう。

yo18taru548.jpg
 ニュースでは猛暑の話が多い。揖斐川では39℃を超えたらしい。

==========
猛暑続く・・・揖斐川でことし全国初の39℃超
 最高気温(午後2時半まで)  岐阜・揖斐川 39.3℃
 日本列島は連日、猛烈な暑さになっていて、「海の日」の16日は40℃に迫っている所もある。熱中症に厳重な警戒が必要。(日本テレビ系(NNN))
==========

水鳥1145-1149樽見 樽見鉄道
樽見1157-1305大垣 樽見鉄道

53根尾谷断層:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru531.jpg
 地震断層観察館を出て、直接根尾谷断層を見にいってみる。

yo18taru532.jpg
 説明があった。

==========
国指定 特別天然記念物 「根尾谷断層」
 根尾谷断層は、明治24年(1891年)10月28日早朝、日本内陸部に起こった過去最大の濃尾地震によって生じた断層であり、その規模は福井県今立郡池田町野尻から可児市帷子地区まで、総延長80kmにも及ぶ世界でも最大級の地震断層です。
 特に、この断層の中心部にあたるこの地(根尾村水鳥)においては、上下最大6m、水平横ずれ3m、長さ1kmに及ぶ断層崖が出現しました。
 地震に伴って生じた断層として初めて確認されたこの水鳥断層は、その地震直後に撮影された写真が、内外の地震学の教科書などに引用されて世界的に有名となり、現在までに外国の研究者の来訪も多数にのぼっています。
 このような理由により、この断層は昭和2年「根尾谷断層」として国の天然記念物指定され、さらに昭和27年には特別天然記念物に指定され、今日に至ります。
==========

yo18taru533.jpg

yo18taru534.jpg
 一段盛り上がった場所が断層の場所である。100年以上前のものがそのまま残っていることがすごい。

yo18taru535.jpg
 その横には「天然記念物 根尾谷断層」と書いた石碑があった。

yo18taru536.jpg
 この道路の高低差がそのまま断層の縦のずれということになる。

52地震断層観察館:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru521.jpg
 水鳥駅から左手に向かう。迷わないように大きな案内看板がある。

yo18taru522.jpg
 現在地からの地図も書いてある。親切な看板だ。

yo18taru523.jpg
 徒歩5分で地震断層観察館へ。ここには地震資料館、地震体験館、地下観察館がある。

yo18taru524.jpg
 まずは地震資料館へ。地震のメカニズムや地球の中身の学習コーナーや過去の大きな地震の解説パネルなどがある。

 次に地震体験館。ここは1891年10月28日に東海地方を襲った濃尾地震(M8.0、最大震度7)を元にした、3Dシアターになっており、震度4~5を実際に体験できるようになっている。大きな地震が起こっている昨今では、震度6~7を体験できないのだろうか?(あくまで個人的な疑問です。阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、大阪地震、北海道胆振東部地震などで被災された方々には申し訳ありません。)

yo18taru525.jpg
 そしてこちらが地下観察館。実際の根尾谷断層の場所に建てた建物であり、6mほどずれた断層を直接見ることができる。

yo18taru526.jpg

yo18taru527.jpg
 1891年の濃尾地震直後の根尾谷断層の様子。写真中央に断層のずれがくっきりと見えている。

51水鳥駅:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru511.jpg
 戻ろうといっても一駅だけだ。次の水鳥で途中下車する。

yo18taru512.jpg
 水鳥駅には開運駅という別称がある。

yo18taru513.jpg
 乗ってきた列車が水鳥駅を出発した。


180716f樽見鉄道水鳥駅出発

yo18taru515.jpg

樽見1031-1035水鳥 樽見鉄道

50樽見駅:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru501.jpg
 樽見駅周辺の観光マップがあった。淡墨桜とうすずみ温泉があるせいか、飲食店もいくつかあるようだ。

yo18taru502.jpg
 進行方向を見ると大きな山に遮られている。これ以上の延伸はないのだろう。

yo18taru503.jpg
 駅前広場を散策しよう。駅舎として扇形の建物のうすずみふれあいプラザがあり、待合室にもなっている。

yo18taru504.jpg
 樽見駅前からうすずみ温泉へのシャトルバスがある。意外と乗客は多い。こちらがお目当てのお客さんが多かったようだ。

yo18taru505.jpg
 全線開通記念の石碑と大きな駅名標がある。

yo18taru506.jpg

yo18taru508.jpg
 旧根尾村の村制100周年記念の記念碑とモニュメントがあった。旧根尾村は本巣郡の4町村とともに2004年(平成16年)に本巣市になった。

yo18taru509a.jpg
 ホームに戻り、景色をパノラマで撮影してみた。


180716e樽見鉄道樽見駅

yo18taru509b.jpg
 さぁ、戻ろう。

49鍋原〜樽見:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru491.jpg

yo18taru492.jpg
 鍋原から日当までには第五~第八の四つの根尾川橋梁がある。

yo18taru493.jpg
 日当駅に着いた。この駅も難読である。

yo18taru494.jpg
 水鳥駅につく直前に三角の特徴的な屋根が見える。これが地震断層観察館で後ほど寄る予定だ。

yo18taru495.jpg

yo18taru496.jpg
 水鳥駅についた。ここも難読駅名だ。

yo18taru498.jpg
 車内にはまだ多くのお客さんが乗っている。

yo18taru499.jpg
 第十根尾川橋梁を渡り、トンネルをくぐると終点の樽見駅に着く。

本巣0941-1015樽見 樽見鉄道

48谷汲口〜鍋原:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru481.jpg
 谷汲口と神海間に第二根尾川橋梁がある。

yo18taru482.jpg
 神海駅に着いた。

yo18taru483.jpg
 神海~高科間に第三根尾川橋梁がある。


180716d樽見鉄道神海〜高科

yo18taru485.jpg
 高科駅に到着した。

yo18taru486.jpg
 高科駅を出るとしばらくは田園地帯の直線コースを走る。

yo18taru487.jpg
 次の鍋原駅に着く手前に第四根尾川橋梁がある。

yo18taru488.jpg
 鍋原駅に着いた。先ほどから難読駅名が多い。木知原(こちぼら)、谷汲口(たにぐみぐち)、神海(こうみ)、鍋原(なべら)などである。

本巣0941-1015樽見 樽見鉄道

47本巣〜谷汲口:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

 当初の予定では、谷汲口駅からコミュニティバスを利用して谷汲山華厳寺へ寄り、その後織部駅へ戻り「道の駅織部の里もとす」で昼食を食べようと思っていたが、暑さに負けて谷汲山華厳寺へ行くことをあきらめる。これも勇気ある撤退である。猛暑だけに、もうしょうがない!(何度目だ?(笑)) 「道の駅織部の里もとす」もあきらめる。一気に終点の樽見まで行く。

yo18taru471.jpg
 樽見行きに乗る。車内はまぁまぁの混雑度。座れないことはないが、立って車窓を楽しむ。

yo18taru472.jpg
 織部駅。このすぐ隣に道の駅がある。

yo18taru473.jpg

yo18taru474.jpg
 根尾川沿いを走り木知原へ。木知原は、こち「ぼ」らと読む。難読だぁ。


180716c樽見鉄道木知原〜谷汲口

yo18taru476.jpg
 木知原~谷汲口間に第一根尾川橋梁がある。

yo18taru477.jpg
 谷汲口駅に着いた。多くの乗客が下車した。おそらく谷汲山華厳寺を目指すのであろう。

本巣0941-1015樽見 樽見鉄道

46美江寺〜本巣:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

 十分涼んで体力を回復してから美江寺駅に戻り、旅を続ける。本巣行きの列車に乗る。次の北方真桑駅の手前に2005年に廃線となった名鉄揖斐線の築堤跡らしきものが見えた。ちなみに「まくわうり」というのはこの地域の特産物らしい。

yo18taru461.jpg
 本巣駅が近付いてきた。樽見鉄道の本社もある。

yo18taru462.jpg

yo18taru463.jpg
 本巣駅に到着した。

yo18taru464.jpg
 構内踏切を渡る。

yo18taru465.jpg
 改札口は石製であり珍しい。

yo18taru466.jpg
 駅舎全景。

yo18taru467.jpg
 こちらの建物は車両基地だろう。

美江寺0858-0914本巣 樽見鉄道

45喫茶みき:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru451.jpg
 朝から歩いたので喉が渇いた。小さなポットを持ち歩いているがその中の水もなくなった。朝の8時半頃ににぎやかな場所があった。

yo18taru452.jpg
 「喫茶みき」。営業中だ! 早速店内へ。エアコンの効いた店内はとても涼しい。ソファとテーブルが広がったお店には10人ほどの老若男女、違った老人男女がたむろしていた。地元の人たちがサロンのように利用しているのだろう。楽しそうにおしゃべりしている。

yo18taru453.jpg
 空いているソファに座ってオレンジジュース400を注文した。オレンジジュースだけ出てくると思ったが、ミニロールサンド、ゆで卵、ヨーグルトがセットになっていた。そうか、岐阜県のこのあたりは名古屋の喫茶店朝食の文化圏内だ。ちょっと感激する。

44美江寺宿:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

yo18taru441.jpg
 このあたりは旧中山道になる。「旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち」と読んだ女子アナが昔いたっけ(笑)。

yo18taru442.jpg
 瑞穂市指定史跡美江寺一里塚跡とある。ここは以前巣南町だったが、2003年(平成15年)に穂積町と合併して瑞穂市になった。

yo18taru443.jpg

yo18taru444.jpg
 ここが美江神社である。

yo18taru445.jpg
 そして中山道の美江寺宿はこのあたりだったようだ。

yo18taru446.jpg
 そしてこちらは美江神社内にある美江寺宿跡の石碑

yo18taru447.jpg
 説明書きがあった。

==========
中山道美江寺宿跡

 美江寺は既に、天正17年(1589)豊臣秀吉の下知によって、問屋場が設けられ、往還の荷物中継ぎの業務に当たっていたが、江戸時代になって中山道が整備されるに及んで、近世宿場制による駅伝業務を担当する宿場となった。寛永14年(1637)4月伝馬役家と歩行役家各々25軒を定めて問屋の支配下に置き、交通業務に当たったのが、美江寺宿の公式開設である。
 宿場の機関の一つである本陣は、宿場開設より32年後の寛文9年(1669)春、時の領主加納藩の戸田丹波守光永によって建設され、問屋山本金兵衛が管理を兼ねた。以後、山本家が世襲して宿駅制廃止まで継承した。
 一般旅人のための旅籠は茶屋は年代により増減があったが、これは幕府改革の影響であろう。文久元年(1861)10月26日の和宮親子内親王江戸下向の途次、当宿御小憩と、慶応4年(1868)2月20・21両日、当宿を発信地とした、東征軍東山道鎮撫隊のことは、当宿交通史の特記事項である。
 明治3年(1870)閏10月、民部省布告による宿駅制廃止に伴い、宿場の歴史を閉じた。
==========

yo18taru448.jpg
 美江神社内には高札場を復元したものもあった。

yo18taru449.jpg
 美江神社の前を左折して宿場が延びているのがわかる。

yo18taru449a.jpg
 こちらは美江寺宿本陣跡。残念ながら本陣は残っていない。


プロフィール

かめ

Author:かめ

FC2乗り鉄の会

鉄道旅行派の同好会に
参加しています。
(敬称略)


hmdの鐵たびブログ
ローカル線の旅
by hmd

写真を中心に「見る紀行文」で、
長期連載しています。


かめかめブログ
by かめ

鉄道、旅、B級グルメ、季節・・・


鉄・街・旅な、つぶやき日記
by あいあんさいど

鉄道、街歩き、旅…などなど。
いろんな思いを、感じたままに。


日本鉄道路線 制覇への挑戦!
by タカ&ヨシ

日本の鉄道、全路線を制覇に
挑戦しています。


本気で全線を走破したい
ぼんばーの日記
by ぼんばー

本気に全線走破をするまでの
過程を徒然と日記で綴ります。

カレンダー

03 | 2019/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

最近の記事

カテゴリ

月別アーカイブ

ブログランキング

ブログランキングに参加しています。

FC2Blog Ranking

ブログ内検索

FC2カウンター