田村道99:たこせんべい

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 下道を戻り、地図(49)まで来ました。あるお店が大行列になっています。丸焼きたこせんべいのお店のようです。どのくらい待つのでしょうか?

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 さて、地図の赤矢印のように寄り道しましょう。路地を抜けると海辺へ出ました。下道から見下ろした海岸です。三上延の「江の島西浦写真館」は、このあたりがモデルになっていると思われます。

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 路地にはあじさいが咲いていました。

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 小田急線片瀬江ノ島駅へ向かう弁天橋です。江の島へ渡る江の島弁天橋とは違う橋です。ちょっとややこしいですね。

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 竜宮城を模した片瀬江ノ島駅です。ここから小田急線で伊勢原まで帰りました。これで大山道田村道を走破しました。


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田村道98:下道

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 観光客の多くは、階段かエスカー(我が国初の屋外エスカレーター)で江の島の頂上を目指すのですが、今回は江島神社の手前を右折します。地図(50)を赤矢印のように右折して下道(65)を歩きます。
 「この先は生活道路です。一般のバイク・車はご遠慮ください。」と書かれています。

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 眼下に片瀬海岸が見えてきました。

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 烏帽子岩の向こうにはうっすら富士山が見えています。

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 地図(58)に着きました。生活道路は終わりです。木食上人行場窟の石碑がありました。

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 説明書きです。

 「木食上人(もくじきしょうにん)行場窟

 山ふたつの谷底に、木食上人行場窟と呼ばれる洞窟があります。そのほぼ中央に高さ約1m、幅約80cmに扁平石を組み合わせて(中略)を築き、その上に石造阿弥陀如来の立像が安置されていました。
 木食とは、五穀(米・麦・アワ・キビ・豆)を絶ち、木の実で生活することです。この修行を木食行といい、木食行をする人たちを木食上人と言いました。」

いろいろな修行があるものですね。


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田村道97:江の島

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 江の島の入口です。地図の赤矢印の場所です。

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 地図(47)の鳥居です。ものすごい人混みです。

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 地図(49)の岩本楼の前には「黄金水汲取記念碑」がありました。ちなみに黄金水というのは、修験者が精進潔斎の後、神通力をもって汲み取った水だそうです。一見すると勘違いしそうだぁ。

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 地図(50)の江島神社の入口に着きました。


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田村道96:江の島弁天橋

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 地下道をくぐって、弁天橋へ出ました。

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 名勝乃史蹟 江ノ島 と彫られています。そして向こう側には江ノ島が!

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 水上バイクで海遊びをしている人も多いですね。


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田村道95:地下道

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 海岸沿いを走る国道134号線を地下道で渡ります。

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 地下道には昔の江の島の絵が飾られています。


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田村道94:州鼻通り2

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 再び州鼻通りに戻ります。

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 改めて江の島が一大観光地であることを思い出させる人混みです。

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 江の島みやげの亀屋本店です。「亀」に反応してしまいました(笑)

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 州鼻通りはここまでです。


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田村道93:江ノ電2

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 今度は腰越から江の島へ向かって列車がきました。


160612腰越〜江の島

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 扇屋の隣の建物もレトロです。


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田村道92:江ノ電1

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 地図の赤丸のあたりで路面を走る江ノ電を眺めるために小休止です。

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 江の島駅から腰越に向かって出発しました。満員ですね。


160612江の島〜腰越

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 ここがテレビなどでおなじみの江ノ電もなかの扇屋です。

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 これから腰越までが路面区間です。


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田村道91:龍口寺

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 ちょっと寄り道してみます。龍口寺に立ち寄ります。

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 その横には刑場がありました。

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 龍口刑場跡の説明文の石碑です。

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 説明がありました。

 「当地は鎌倉幕府時代の刑場跡である。幕府の公式記録である「吾妻鏡」には腰越、龍の口に於いて斬首との記載が多くみられる。
 奈良時代の僧・泰澄、一説には鎌倉時代の僧・文覚が龍口明神に法味を供養したところ、国に背く悪人が出来した時は首を斬り社頭に掛けよ、との神託を受けた。これによって龍の口が処刑場になったと旧記にある。
 文永八年(一二七一)九月十三日子丑の刻(午前二時)、日蓮大聖人は「立正安国論」の諫言により、幕府に捕らえられ、この刑場・敷皮石8(首の座)にすえられた。しかし処刑の瞬間、時あたかも江の島の方より満月の如き光りものが飛び来りて、執行人共は眼がくらみ、この奇瑞の為、ついに大聖人の首を斬ることが出来なかった。
 かくして此処は日蓮大聖人龍口法難の霊場であり、世の安寧の為に身命を賭けられた寂光土と称される所以である。
 霊跡本山 寂光院 龍口寺」


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田村道90:えのでんはうす

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 地図の(45)あたりの晴れる屋の真ん前にえのでんはうすがありました。

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 プラレールをはじめとして、数多くの江ノ電グッズがありました。


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田村道89:晴れる屋

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 11時を過ぎました。この晴れる屋で昼食にします。11時30分開店なので、お店の前の椅子に座り、開店を待ちました。

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 ラーメン博物館に入っていた勝丸で働いていたようなのですが、家系に近いラーメンでした。どうもごちそうさまでした。


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田村道88:州鼻通り1

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 地図(45)の州鼻通りに入りました。観光地だけに人通りが多くなってきました。

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 「神奈川県指定銘菓 玉屋のようかん」 老舗の和菓子屋さんですね。旧道らしい雰囲気です。

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 通りの名前がこんなところに彫ってあります。


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田村道87:江ノ電江ノ島駅

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 地図赤矢印の江ノ島駅入口交差点です。

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 地図(44)の江ノ電の踏切です。線路の向こう側に江ノ電江ノ島駅の入口が見えます。

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 踏切の中からはホームが見えます。ここから南下して江の島へ向かう道路は車両通行禁止です。


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田村道86:湘南江の島駅

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 地図の赤丸(41)の場所です。(赤実線は江の島道、赤点線は龍口寺方面へ行く道です。)

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 江の島弁財天道標がありました。

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 説明がありました。

 「この道標は、三面に「従是(これより)右江嶋道」「左龍口道」「願主 江戸糀町(こうじまち)」と彫られていて、江の島道から龍口寺方面へ分かれる道の入口に建てられた道標です。願主名から、江戸の講中によって建てられたものであることがわかります。
 江の島道沿いに建てられている他の道標は、三面に「ゑのしま道」「一切衆生」「二世安楽」と彫られており、・・・・・・(後略)」

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 湘南江の島駅へは大船から湘南モノレールが通っており、小田急線片瀬江ノ島駅、江ノ電江ノ島駅とならび公共交通機関での江の島への入口の一つとなっています。


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田村道85:常立寺

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 地図(39)の寛文庚申供養塔です。

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 説明文は省略します。

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 地図(40)の常立寺です。

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 六地蔵もありました。


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田村道84:市民センター

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 地図(37)の市民センターにも道標がありました。

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 こちらも江の島弁財天道標です。


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田村道83:本蓮寺

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 地図(35)の分かれ道です。直進します。

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 この(35)の場所に江の島弁財天道標がありました。

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 うっすらですが、「ゑのしま道」と読み取れます。

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 ここが地図(36)の本蓮寺です。駒繋ぎの松を探したのですが、どうしても見つかりませんでした。

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 こちらは地図(38)の西行もどり松です。


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田村道82:密蔵寺

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 地図(34)の密蔵寺です。

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 「子供は親の  言うようには  ならぬ    親のしている  ようになる」
 まさしくその通り!  いい言葉です。

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 庚申塔があり、相模國弐拾一ヶ所第十七番 南無大師遍照金剛 密蔵寺という立派な石碑もありました。

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 これは道標らしいのですが、読み取れませんでした。


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田村道81:泉蔵寺

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 ゆるい旧道カーブの続く道をさらに南下します。

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 地図(29)の江の島弁財天道標です。

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 説明文がありましたが、前半は砥上公園にあったものと同じなので後半を抜粋します。

 「・・・・・前面にゑのしま道(上部の梵字は弁財天の種子「ソ」を表す)横面に「一切衆生」「二世安楽」と刻んであり、道中する一切衆生(いっさいしゅうじょう)=世の中に生きているもの全てのもの)の現世及び来世の安楽を祈念した造立者の温情が偲ばれる。

昭和四十一年一月十七日指定   藤沢市教育委員会」

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 ここら地図(30)の泉蔵寺の入口です。

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 地図(31)は泉蔵寺の入口ですが、ここにも庚申塔があります。

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 馬頭観世音もありました。


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田村道80:新屋敷橋界隈

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 地図の赤下線で示した新屋敷橋です。

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 地図(27)の場所には岩屋不動明王入口の道標がありました。


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田村道79:馬喰橋

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 地図(26)の馬喰橋です。

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 「うまくらばし」と読むようです。

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 説明書きがありました。

 「馬喰橋(うまくらばし)

 『新編相模国風土記稿』は、源頼朝が片瀬川に馬の鞍を架けて橋の替わりにしたことから馬鞍橋、また昔馬がこの橋にさしかかるといななき突然死んでしまうことから馬殺橋と呼ばれたが、ある時に行者聖が橋の石を取り替えてから災難はなくなったと伝えています。ほかにも文化五年(一八〇八)の片瀬村の石橋建立発起帳には馬鞍結橋をあります。何度も流出し、明治末年には長さ二間半(約4.5m)、幅二間(約3.6m)の木の橋となっていました。この付近は江戸時代に江の島参詣の往来のほか、海上交通の拠点としても賑ったところです。
平成五年二月   藤沢市教育委員会」


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田村道78:上山本橋・ミネベア前

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 休日診療所入口交差点です。地図の赤矢印の場所です。

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 上山本橋です。

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 上山本橋から境川の南側(海側)を望んだところです。

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 地図(24)の場所のミネベア前の庚申塔です。

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 さらに南下していきます。


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田村道77:石上神社・大源太公園

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 移転した石上神社です。地図の(22)です。砥上公園からはすぐ近くです。鳥居は住宅の間に挟まれて苦しそうです。

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 さらに南下していきます。

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 こちらが地図(23)の大源太公園です。


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田村道76:砥上公園

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 地図(21)の砥上公園に道標がありました。

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 道標の説明文です。

 「市指定重要文化財(建造物) 昭和四十一年(一九六六)一月十七日指定

江の島弁財天道標

 この石柱は、江の島への道筋に建てられた道標の一つです。江の島弁財天道標は、管を用いて鍼をさす管鍼術を、江の島で考案したという杉山検校(杉山和一、一六一〇〜一六九四)が寄進したと伝えられています。現在、市内外に十数基が確認され、市内所在のうちで十二基が藤沢市の重要文化財に指定されています。いずれも頂部のとがった角柱型で、その多くが、正面の弁財天を表す梵字(ぼんじ)の下に「ゑのしま道」、右側面に「一切衆生(いっさいしゅうじょう)」、左側面に「二世安楽(にせあんらく)」と彫られています。この文言には、江の島弁財天への道をたどるすべての人の現世・来世での安穏・極楽への願いが込められています。
 市役所新館脇歩道橋付近に移設されていましたが、新庁舎建設にともなう歩道橋周辺の整備により、「江の島道」の路傍にあたるこの地に移設したものです。

平成二十七年(二〇一五)十一月    藤沢市教育委員会」

 藤沢市役所へ行ってもな〜んにもなかったってわけですね!

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 石上(いしがみ)の説明文がありました。

「石上(いしがみ)

 鵠沼を中心とした一帯は天平時代(七三五年頃)には、「高座郡(たかくらぐん)土甘郷(とがみごう)」と呼ばれ、鎌倉時代には「砥上が原(とがみがはら)」とよび西行法師や鴨長明も砥上が原の歌を残しています。
 江戸時代に入ると江の島、大山詣の道筋で賑った石上舟渡場があり、その北側に砥上地蔵尊(一六五五)が建立されました。
 この辺りの開発の祖の鎌倉武士を祀ったといわれる石上神社は度々水に浸り、昭和九年に現在の地に移されました。   藤沢市」

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 砥上公園内にも庚申供養塔がありました。

 さぁ、移転した石上神社に向かいましょう。


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田村道75:ファミリー通り

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 地下道に入る前に朝食です。藤沢駅構内の駅蕎麦屋で「豚つけそば」だったかな? を食べました。水分と塩分も補給してこれからの行程に備えます。

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 そして地下道に戻りました。

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 地下道からスロープ状になった道を登って藤沢駅南口に出ます。

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 地図の(20)の場所です。

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 ここからは細めのファミリー通りを南下します。

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 ファミリー通りの両側には飲食店が数多くありましたが、そこを過ぎると居住地でマンションが増えてきました。


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田村道74:江の島道2

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 地図(18)の庚申堂です。写真のように石造物がたくさん並んでいるのですが、残念なことに施錠してあり、近づけることはできませんでした。

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 さらに進んでいきます。

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 地図の赤矢印の交差点です。ここを直進します。

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 地図の青矢印の場所です。地下道の入り口です。ここを左折すれば藤沢市役所で、(19)の江の島道標があるのですが、先を急ぐことにしました。(結果的には無駄足をせずに済んだことになります。詳しくは「76砥上公園」の項で。)


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田村道73:江の島道1

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 地図(17)の交差点です。本来の江の島道は、赤実線で示したルートですが、江の島道標(赤丸で囲った場所)を見るために実際は赤点線に沿って歩きました。

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 目の前の横断歩道を渡ります。


 江の島道・江の島弁財天道標の案内板です。

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 道標です。向かって左側には「二世安楽」と書かれていて、写真には写っていない反対側には「一切衆生」と書かれています。

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 さあ江の島道を進みましょう。


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田村道72:旧道

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 地図(16)から(17)までは赤線の脇道を歩きます。

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 ここが(16)の場所です。右の路地を進みます。

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 ゆるやかな旧道カーブが心地よいです。

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 この分岐点は左側の道です。

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 旧道沿いらしくレトロな建物が現れました。

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 その横の蔵も歴史を感じさせます。


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田村道71:藤沢橋

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 遊行寺からの帰りは地図の赤線のように進みました。この辺りにあるはずの藤沢宿の江戸見附跡を探したのですが、見付けられませんでした(笑)

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 藤沢橋から遊行寺橋をみたところです。

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 ここが藤沢橋です。

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 藤沢橋近くの境川に流れ込む小川です。段差が気になるのは、ブラタモリの見過ぎでしょうか(笑)

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 藤沢橋交差点です。

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 道案内です。旧東海道ってのがお洒落です。

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 近くのトランスボックスにはこのような浮世絵がありました。

 この藤沢橋からは旧東海道と離れ、通称江の島道と呼ばれます。


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田村道70:遊行寺橋・遊行寺

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 ここが遊行寺橋です。

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 トランスボックスには昭和5年の遊行寺橋(当時は大鋸橋)の写真がありました。

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 遊行寺橋を渡り、遊行寺へ向かいます。途中の右側に「ふじさわ宿交流館」がありました。

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 時宗総本山遊行寺です。

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 遊行寺の近くの藤沢市消防団第八分団のシャッターにも藤沢宿の様子が描かれています。


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