田村道76:砥上公園

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 地図(21)の砥上公園に道標がありました。

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 道標の説明文です。

 「市指定重要文化財(建造物) 昭和四十一年(一九六六)一月十七日指定

江の島弁財天道標

 この石柱は、江の島への道筋に建てられた道標の一つです。江の島弁財天道標は、管を用いて鍼をさす管鍼術を、江の島で考案したという杉山検校(杉山和一、一六一〇〜一六九四)が寄進したと伝えられています。現在、市内外に十数基が確認され、市内所在のうちで十二基が藤沢市の重要文化財に指定されています。いずれも頂部のとがった角柱型で、その多くが、正面の弁財天を表す梵字(ぼんじ)の下に「ゑのしま道」、右側面に「一切衆生(いっさいしゅうじょう)」、左側面に「二世安楽(にせあんらく)」と彫られています。この文言には、江の島弁財天への道をたどるすべての人の現世・来世での安穏・極楽への願いが込められています。
 市役所新館脇歩道橋付近に移設されていましたが、新庁舎建設にともなう歩道橋周辺の整備により、「江の島道」の路傍にあたるこの地に移設したものです。

平成二十七年(二〇一五)十一月    藤沢市教育委員会」

 藤沢市役所へ行ってもな〜んにもなかったってわけですね!

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 石上(いしがみ)の説明文がありました。

「石上(いしがみ)

 鵠沼を中心とした一帯は天平時代(七三五年頃)には、「高座郡(たかくらぐん)土甘郷(とがみごう)」と呼ばれ、鎌倉時代には「砥上が原(とがみがはら)」とよび西行法師や鴨長明も砥上が原の歌を残しています。
 江戸時代に入ると江の島、大山詣の道筋で賑った石上舟渡場があり、その北側に砥上地蔵尊(一六五五)が建立されました。
 この辺りの開発の祖の鎌倉武士を祀ったといわれる石上神社は度々水に浸り、昭和九年に現在の地に移されました。   藤沢市」

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 砥上公園内にも庚申供養塔がありました。

 さぁ、移転した石上神社に向かいましょう。


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田村道75:ファミリー通り

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 地下道に入る前に朝食です。藤沢駅構内の駅蕎麦屋で「豚つけそば」だったかな? を食べました。水分と塩分も補給してこれからの行程に備えます。

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 そして地下道に戻りました。

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 地下道からスロープ状になった道を登って藤沢駅南口に出ます。

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 地図の(20)の場所です。

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 ここからは細めのファミリー通りを南下します。

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 ファミリー通りの両側には飲食店が数多くありましたが、そこを過ぎると居住地でマンションが増えてきました。


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田村道74:江の島道2

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 地図(18)の庚申堂です。写真のように石造物がたくさん並んでいるのですが、残念なことに施錠してあり、近づけることはできませんでした。

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 さらに進んでいきます。

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 地図の赤矢印の交差点です。ここを直進します。

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 地図の青矢印の場所です。地下道の入り口です。ここを左折すれば藤沢市役所で、(19)の江の島道標があるのですが、先を急ぐことにしました。(結果的には無駄足をせずに済んだことになります。詳しくは「76砥上公園」の項で。)


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田村道73:江の島道1

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 地図(17)の交差点です。本来の江の島道は、赤実線で示したルートですが、江の島道標(赤丸で囲った場所)を見るために実際は赤点線に沿って歩きました。

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 目の前の横断歩道を渡ります。


 江の島道・江の島弁財天道標の案内板です。

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 道標です。向かって左側には「二世安楽」と書かれていて、写真には写っていない反対側には「一切衆生」と書かれています。

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 さあ江の島道を進みましょう。


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田村道72:旧道

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 地図(16)から(17)までは赤線の脇道を歩きます。

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 ここが(16)の場所です。右の路地を進みます。

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 ゆるやかな旧道カーブが心地よいです。

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 この分岐点は左側の道です。

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 旧道沿いらしくレトロな建物が現れました。

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 その横の蔵も歴史を感じさせます。


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田村道71:藤沢橋

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 遊行寺からの帰りは地図の赤線のように進みました。この辺りにあるはずの藤沢宿の江戸見附跡を探したのですが、見付けられませんでした(笑)

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 藤沢橋から遊行寺橋をみたところです。

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 ここが藤沢橋です。

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 藤沢橋近くの境川に流れ込む小川です。段差が気になるのは、ブラタモリの見過ぎでしょうか(笑)

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 藤沢橋交差点です。

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 道案内です。旧東海道ってのがお洒落です。

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 近くのトランスボックスにはこのような浮世絵がありました。

 この藤沢橋からは旧東海道と離れ、通称江の島道と呼ばれます。


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田村道70:遊行寺橋・遊行寺

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 ここが遊行寺橋です。

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 トランスボックスには昭和5年の遊行寺橋(当時は大鋸橋)の写真がありました。

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 遊行寺橋を渡り、遊行寺へ向かいます。途中の右側に「ふじさわ宿交流館」がありました。

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 時宗総本山遊行寺です。

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 遊行寺の近くの藤沢市消防団第八分団のシャッターにも藤沢宿の様子が描かれています。


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田村道69:遊行寺前

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 地図(14)の遊行寺橋の辺りです。

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 遊行寺前バス停です。

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 遊行寺で行く道の分岐点です。

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 近くに遊行寺橋と高札場跡の説明がありました。

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 「東海道藤澤宿 昔話のある町 旅籠町/中久保町」

「昔話のある町」というネーミングがいいですね。

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 東海道藤沢宿の成り立ち・しくみがわかりやすく解説してありました。


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田村道68:藤沢宿街並み

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 地図(13)あたりが東海道藤沢宿の賑わった界隈です。

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 地図で赤四角で囲んだ蒔田本陣跡です。

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 内田商店本店が本陣跡なのでしょうか?

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 ここにも風格のある建物がありました。

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 こちらも老舗風の建物です。

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 歩道のトランスボックスには、昔のおそらくこの辺りの写真がありました。

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 江戸時代の旅籠の様子も描かれています。


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田村道67:問屋場跡

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 常光寺を出てすぐ右側に、問屋場跡がありました。問屋場は宿場のさまざまな事務作業を行う場所で、具体的には人馬の継立(つぎたて)、助郷(すけごう)賦課などがありました。

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 今は消防署になっています。地図では赤矢印の場所です。


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田村道66:常光寺2

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 庚申供養塔がありました。

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 説明文がありました。

「市指定有形民俗文化財 昭和五十二年(一九七七)四月十三日指定

万治二年・寛文九年 庚申供養塔

 向かって右が万治二年(一六五九)、左が寛文九年(一六六九)に造立された庚申供養塔です。ともに塔身に笠石を乗せています。
 万治二年塔は、塔身正面に「萬治二年」「己亥正月吉日」の造立年記があり、下部に十三名の造立者名が陰刻されています。(中略)
 寛文九年塔は、塔身両側面に「寛文九己酉年」「五月廿八日」の造立年記が陰刻されています。(中略)
 下方には正面と両側面に「見ザル・聞かザル・言わザル」が一体ずつ配されています。庚申塔に三猿像が彫られているのは、三尸に告げられないように、あるいは庚申の申が猿に通じるからなどの説があります。」

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 こちらが万治二年塔です。

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 こちらは寛文九年塔です。

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 六地蔵もありました。


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田村道65:常光寺1

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 次は地図(12)の常光寺です。

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 このあたりの歩道上のトランスボックスには藤沢宿の絵が描かれています。

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 ここが常光寺です。

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 かながわの名木100選に常光寺のカヤが選ばれています。

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 亀とかたつむりの石造物がありました(笑)


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田村道64:源義経首洗井戸

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 白旗交差点に戻り、東へ少し行ったところに、「伝 源義経首洗井戸」の案内表示がありました。行ってみましょう。

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 ここがその場所です。地図の赤矢印のあたりです。

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 説明がありました。

「伝 義経首洗井戸

 源義経(鎌倉幕府の将軍源頼朝の弟)は、頼朝に追われ奥州(東北地方)に逃げていましたが、一一八九年に衣川(岩手県奥州市)で自害しました。腰越(鎌倉市)で首実検の後に浜に捨てられた義経の首は、潮にのって川をさかのぼり、里人に拾われてこの井戸で清められたと伝えられています。この絵は歌川国芳が描いた源義経の浮世絵です。ここから二〇〇メートルほど北の白旗神社は祭神として義経を祀っており、境内には、藤沢の御首と宮城県栗駒市の判官森に葬られた御骸の霊を合わせ祀った源義経公鎮霊碑などがあります。また、常光寺南側の公園には、弁慶塚と記された石碑が祀られています。」

 ふ〜ん。

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 こちらには源義経史蹟 藤沢市と書かれています。


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田村道63:白旗神社2

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 神社の裏に数多くの石造物がありました。

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 寛文五年の庚申供養塔です。

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 寛文五年庚申供養塔(有形民俗文化財)の説明です。

「庚申信仰は、十干・十二支の組合せによって、六十日に一度めぐる庚申の日に、徹夜で無病・息災・長寿を願う信仰である。「人の体内にいる三尸の虫が、庚申の夜、天に登ってその人の罪過を天帝に告げるため生命を縮められる」とする道教の教えに由来している。この供養塔の中央上の梵字は釈迦如来(主尊)、続く八字はナモアミダブソワーカーの一呪、下の梵字はここでは青面金剛を表している。猿像の脚ぼその彫刻は、江戸時代初期のものに見かけられるものである。
昭和五十二年四月十三日指定」

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 これは江の島弁財天道標です。「一切衆生」と書いてあるようです。

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 「ゑのし満   かまくら   みち」と書いてあります。

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 これはなんでしょうか?   よくわかりません。

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 こちらには享保二十年と読めます。


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田村道62:白旗神社1

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 しばらく進むと正面に大きな鳥居が見えてきました。地図(10)の白旗神社です。

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 白旗神社の説明です。

「御祭神  寒川比古命 源義経公

配神  天照皇大神・大国主命・大山祀命

由緒  古くは相模一の宮の寒川比古命の御分霊を祀って、寒川神社とよばれていた。しかし、創立年代はくわしくはわからない。鎌倉幕府によって記録された『吾妻鏡』によると、源義経は兄頼朝の勘気をうけ、文治五年(一一八九)閏四月三十日奥州(岩手県)平泉の衣川館において自害された。その首は奥州より新田冠者高平を使いとして鎌倉に送られた。高平は、腰越の宿に着き、そこで和田義盛・梶原景時によって首実検が行われたという。伝承では、弁慶の首も同時におくられ、首実検がなされ、夜の間に二つの首は、此の神社に飛んできたという。このことを鎌倉(頼朝)に伝えると、白旗明神として此の神社に祀るようにとのことで、義経公を御祭神とし、のちに白旗神社とよばれるようになった。弁慶の首は八王子社として祀られた。」

 昔の昔は、寒川神社と呼ばれていたのですね。

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 旧東海道の藤沢宿の地図がありました。

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 東海道五十三次の藤沢宿の絵です。遊行寺橋の様子です。


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田村道61:藤沢本町駅



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 田村道第三弾は2016年6月12日です。伊勢原から小田急線で藤沢本町まで行き、ここからスタートです。

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 地図の赤下線の伊勢山橋です。ここから東へ進みます。

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 地図の赤矢印の白旗交差点です。ここを左折します。


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田村道60:伊勢山公園4

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 江の島の反対側の北を望みます。グラウンドの向こうに丘陵地帯が広がっており、住宅やマンションになっています。

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 小田急江ノ島線がよく見えます。

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 伊勢山公園には桜がたくさんありました。桜の名所だそうです。

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 伊勢山公園へは南側から登りましたが、帰りは東側(赤矢印)へ降りてきました。

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 降りてきた道を見上げると、こんな感じです。こちらが正面入口なんですね。

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 そして藤沢本町駅です。今日はここで終了です。小田急線を乗り継いで伊勢原まで帰りました。

 次回は2016年6月12日です。


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田村道59:伊勢山公園3

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 こんな観光案内もありました。旧東海道の藤沢宿の江ノ島や東海道の展望ができる伊勢山の説明です。

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 「東海道分間延絵図」の東海道と伊勢山が描かれています。

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 「藤沢宿の西、東海道の北側に位置する小高い丘は、かつて神明宮(伊勢神宮の分霊を祭神とする神社)があったため、伊勢山と呼ばれています。ここは眼下に東海道を見下ろすことができるだけでなく、海上の江の島をも望む景勝の地で、昭和の戦前期には時の鐘が置かれていました。

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 ここが江の島が見える見晴台です。正面に江の島がうっすらと見えています。

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 拡大するとこうなります。


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田村道58:伊勢山公園2

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 頂上には庚申供養塔がありました。

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 見猿・言わ猿・聞か猿の供養塔がありました。

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 こちらは「北辰妙見大霊病神」と書かれています。

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 市指定重要文化財(有形民俗文化財)なのだそうです。

「承応二年(一六五三)庚申供養塔

庚申信仰について

 これは十干・十二支の組合せによって、六十日に一度めぐってくる「庚申の日」に、その夜を眠らずに過ごして無病・息災・長寿を願う信仰です。この源流は、人の体内にあって、人命にわざわいをおよぼす「三尸」という虫の害をふせいで、長寿を願う道教の信仰にはじまっています。江戸時代、万治・寛文頃(一六五八〜一六七二年)には、仏教を背景に広く庶民に伝わり「庚申講」ができ、庚申の夜、当番の家に集まって飲食歓談したり、供養塔を建てるなどの行事が盛んになりました。現在、市内には三百数十基の庚申供養塔が確認されていますが、このうちの十五基が藤沢市の重要文化財に指定されています。この近世庶民の素朴な祈願・信仰の遺産である庚申塔をともども大切に保護し後世に伝えてゆきたいものです。

昭和五十二年四月十三日指定  藤沢市教育委員会」

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 頂上の中央部には写真のような忠魂碑がありました。


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田村道57:伊勢山公園1

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 途中で伊勢山公園に寄り道します。

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 湘南高校入口交差点から東へ進み、マクドナルドと郵便局を過ぎた路地を左折します。地図では赤で示しました。

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 正面のこんもりした山が伊勢山公園です。

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 ここから階段が始まります。

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 かなりの急勾配です。

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 男坂と女坂がありますが、男は黙って男坂です。


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田村道56:湘南高校入口

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 引地橋を渡ると左折します。地図の(8)の場所です。

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 200mほど歩くと元の道に合流します。地図の赤矢印の場所です。

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 しばらく進むと一中入口というバス停がありました。

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 そして湘南高校入口交差点です。

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 交差点の近くに湘南高校前バス停がありました。


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田村道55:おしゃれ地蔵

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 メルシャン藤沢工場をあとにして坂を下っていくと、進行方向右側にこんなお地蔵さんがありました。白粉と口紅をしているように見えます。

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 地図(6)のおしゃれ地蔵です。

 「『女性の願い事なら、何でもかなえて下さり、満願のあかつきには、白粉を塗ってお礼をする。』と伝えられており、今でも、お顔から白粉が絶えることがないという。そのような所から、誰からともなく『おしゃれ地蔵』と名付けられたとされる。形態的には『地蔵』ではなく、道祖神(双体道祖神)の表現が妥当であると考えられるが、土地の言い伝えを大切にしていきたい。

平成七年十二月 藤沢市教育委員会」

なるほど!

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 この大きな煙突は石名坂環境事業所の煙突でしょうか。

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 地図(8)のやや左側の引地橋西交差点です。引地橋の下には引地川が流れています。


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田村道54:七面地蔵

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 しばらく歩くと左手にメルシャン藤沢工場が見えてきました。

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 正面入口の片隅に七面地蔵がありました。

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 メルシャン前バス停ですが、とても綺麗に整備されています。

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 正面入口の反対側には、ユニークな石像が多く陳列されている工藤正夫石材店がありました。


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田村道53:羽鳥

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 辻堂入口バス停を通過します。

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 進行方向右側には御菓子処丸寿があります。きっと老舗なのでしょう。

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 ここは地図の赤矢印の交差点です。

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 地図(3)の羽鳥歩道橋です。

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 そしてここは地図(4)の羽鳥交差点です。

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 羽鳥交差点の近くに羽鳥バス停があります。

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 ここが羽鳥中学校入口交差点です。


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田村道52:四ツ谷



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 地図の(41)(42)(1)で囲まれた四ツ谷交差点です。目の前の道路は国道1号線で旧東海道です。

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 大きな交差点で、歩道のある場所までかなり距離があります。

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 四ツ谷交差点を渡り、東へ進みます。

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 四ツ谷バス停がありました。

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 赤枠の稲荷神社の前を通過しました。


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田村道51:四ツ谷道標2

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 こちらには記念碑がありました。「藤沢バイパス道路新設、、、、、、、昭和三十八年二月二日 四谷町内会」とあります。

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 祠の中には「大山道」と刻まれた石造物がありました。

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 側面には「これより大山道」とありました。


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田村道50:四ツ谷道標1

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 一の鳥居のすぐそばに道標がありました。

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 「大山みち」と読めますが、その上は読み取れません。

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 「平成十七年七月一日再建 地主 鈴木得郎 四ツ谷町発起人一同 大山阿夫利神社 目黒」とあります。

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 四谷不動(大山道標)について解説がありました。

 「東海道と大山道が交差する四谷辻に建てられていた道標で、大山不動尊の下、正面に「大山道」、両側面に「これより大山みち」とあります。延宝四年(一六七六)に江戸横山町の講中が建てたものです。堂外の道標が初代のもので、万治四年(一六六一)に江戸浅草蔵前の講中によって建てられたものです。江戸時代を通じて、江戸町人の大山参詣が盛んでした。四谷辻には多くの茶屋が立ち並び参詣客を誘いました。今でも七月一日の大山開きには、四谷町内会の年中行事として、辻堂元町の宝珠寺の住職のもと護摩供養が行われています。

平成五年二月   藤沢市教育委員会」


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田村道49:一の鳥居

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 地図(41)の一の鳥居へ向かいます。

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 城南一丁目交差点を直進します。

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 この路地に入るのです。

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 一の鳥居の後ろ姿です。

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 敬意を表して正面写真も撮りました。


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田村道48:折戸地蔵


 地図(40)の折戸地蔵です。

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 この左手角にあります。

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 ここが折戸地蔵です。祠に「折戸」と書いてあります。

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 こちらから見ると、右へ行くのが大山道になります。写真のような句碑がありました。
 「右野道 地蔵も花も笑ひけり」 by 薫風


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田村道47:裏道

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 道の枝分かれが連続します。まずは地図の(36)と(37)の間の赤矢印の場所です。ここは直進します。

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 次に(37)の白丸の角、青矢印の場所です。ここは斜め左へ向かいます。

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 次は緑矢印の場所です。ここは右斜めへ進みます。

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 ここは(38)の変電所です。変電所が多いですね。
 
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 そしてなんとも言えない旧道カーブの道を進みます。


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