田村道27:梶原景時館址

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 地図(9)の梶原景時館址です。

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 説明がありました。

 「梶原景時は治承四年(一一八〇年)八月、源頼朝挙兵の時、石橋山の合戦で洞窟に逃れた頼朝の一命を救いました。翌年正月、頼朝の信任厚い家臣となり、鎌倉幕府の土台を築くのに貢献しました。一宮を所領としており、この地に館を構えたとされています。図に示すとおり館の規模は広大だったとの説もあり、現在も当時の堀のなごりを留めていると伝えられています。天満宮の位置はその一角で、当時は物見の場所として一段と高く構築したとも伝えられています。景時は和歌もたしなみ文武両道に秀でた武将でした。頼朝の死後、多くの家臣からそねまれ、ついに正治元年(一一九九年)十一月、鎌倉を追放され、一族郎党を率いて一宮館に引き揚げました。その後、景時は再起を期し、上洛するため、翌正治二年正月二十日午前二時頃ひそかに館を出発しました。一行は清見関(静岡市清水区)で北条方の軍の攻撃を受け、景時以下討死という悲劇的な最期を遂げました。館の留守居役の家臣も翌年尾張(愛知県)に移ったと伝えられ、また物見のあとの高地には里人が梶原氏の風雅をたたえ、天満宮を創設したともいわれています。
     平成二十一年三月     寒川町教育委員会」

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 これは角落としです。

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 角落としの説明です。

 「両側の堰柱(せきばしら)の溝に、角材や板を落とし入れ、水流を調整したり、堰を止めなどする装置。西側の産業道路沿いにあった相模川防水堤に設けられ増水時には板を落とし、土嚢(どのう)などで補強して洪水から西町を守った。
     平成28年3月」

 できたてホヤホヤの説明板でした。


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