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JR東日本カレンダー2020/02

JR東日本2月
2月:E7系 かがやき・はくたか・あさま・とき・たにがわ:北陸新幹線 高崎〜安中榛名
 北陸新幹線では2015年3月デビュー(あさまは2014年3月)し、上越新幹線では2019年3月デビュー。運行区間は北陸新幹線・東京駅〜金沢駅および上越新幹線・東京駅〜新潟駅。「“和”の未来」をデザインコンセプトに、エクステリアは車体上部を「空色」、車体を「アイボリーホワイト」、車体中央の帯色を「銅色(カッパー)」と「空色」という日本の伝統的な色使いにより、沿線の風景との融合とスピード感、精悍さを表しています。インテリアは、グランクラスが「高めあう和」、グリーン車は「和風の和」、普通車は「集う和」をテーマにデザインされています。

絶景鉄道カレンダー2020/02

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2月:JR四国 予讃線・伊予上灘駅〜下灘駅・キロ47形「伊予灘ものがたり」

瀬戸内海が間近に臨める区間です。
青春18きっぷのポスターで人気のあった下灘駅に下車したことが思い出されます。


ぶらり鉄道の旅カレンダー2020/02

ぶらり鉄道の旅2020 2
2月:JR東日本 只見線・越後須原駅〜魚沼田中駅・魚沼市

豪雪地帯を走る列車。保線がしっかりしているおかげでレールの上を走ることができます。自動車が使えない天候では列車は威力を発揮します。現在、只見線は会津川口駅〜只見駅が不通ですが、2021年度(令和3年度)に全線開通予定です。
雪が降る冬の時期に、会津若松駅を午前6時発の列車に叔父と一緒に乗ったことが思い出されます。


06本八戸―久慈:三陸鉄道リアス線全線開通

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 進行方向右手の海側に蕪島が見えてきた。ここはウミネコの繁殖地であるが今日はウミネコの姿が少ない。繁殖時期が過ぎてしまったようだ。


190915蕪島

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このあたりは八戸線沿線の景勝地の一つの種差海岸付近であるが、林に阻まれて絶景な車窓というわけにはいかない。

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 大蛇(おおじゃ)駅に到着。Ojaと英語表記が短い。

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ここは宿戸―陸中八木間の車窓風景。

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こちらは陸中八木―有家間の車窓風景。八戸線からの車窓風景も意外と美しい。

本八戸0722ー0857久慈 八戸線


07あまちゃんハウス:三陸鉄道リアス線全線開通

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 久慈駅到着は定刻通りの8時57分。もう少しで九時だった(笑)。

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 八戸線久慈駅のスタンプ。北限の海女の駅と書いてある。

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 こちらがJR久慈駅の駅舎。

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 久慈駅前には文字通りの駅前デパートがある。あまちゃんの撮影では北三陸観光協会の事務所が入っている設定になっていたようだ。

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北三陸観光協会
 ビル3階に、北三陸観光協会の事務所が入っている設定。“北三陸をなんとかすっぺ(K3NSP)合同会議”が行われた設定となっています。駅前を見渡せる場所として度々劇中に登場。アキたちが作った「北三陸鉄道」「北限の海女」「潮騒のメモリーズ」3種類のデザインをモチーフにした看板が健在しています。
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 駅から徒歩2-3分のところにあまちゃんハウスがあった。

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 あまちゃんで使われた小道具や衣装がおいてある。しかしテレビを見ていなかったので、今一つ感慨が大きくない。

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 あまちゃんハウスから道の駅くじ・やませ土風館へ行く途中に柔道の三船久蔵十段の像があった。

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三船久蔵十段 出生の地
 三船久蔵は、明治16年(1883)に旧久慈町で生まれました。
 明治29年(1896)久慈尋常高等小学校(現:久慈小学校)を卒業、明治30年(1897)宮城県第二中学校(通称:仙台二中)に入学し、この頃初めて柔道と出会い次第に頭角を現しました。
 明治36年(1903)に上京、嘉納治五郎が設立した講道館に入門、昭和20年(1945)には講道館最高位である十段に昇りつめました。三船久蔵62歳の時でした。現在まで十段昇段者は15人しかおらず、三船久蔵は4人目の十段昇段者です。
 身長159㎝、体重55㎏の小兵ながら、「空気投げ(隅落し)」など究極の技を編み出しました。生涯を通じて柔道の発展に尽力し数々の業績を残し、昭和29年(1954)久慈市名誉市民第1号となりました。
 昭和40年(1965)1月27日、永眠。82歳の生涯でした。
 ここは、三船久蔵の生家があった場所です。三船十段記念館には三船久蔵の資料が展示され、その業績を知ることができます。

2015年8月 久慈市・久慈市教育委員会
 三船久蔵十段出生地記念碑建立事業実行委員会
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 すごい人がご当地出身なんですね。


08うに弁当:三陸鉄道リアス線全線開通

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 道の駅くじ・やませ土風館に立ち寄った後、久慈駅に戻る。

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 こちらが三陸鉄道久慈駅舎である。

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 駅前にはこんなパネルがあった。

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 あまちゃんのロケ地である説明があった。

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北三陸駅
 北三陸鉄道、通称“北鉄”。第一話でアキが降り立った駅で、北鉄開通や震災からの復興セレモニーのくす玉割りの場面、物語の出会いや別れの場面など重要な場面で登場します。劇中の「うに丼」は駅内の三陸リアス亭がモデル。

三陸鉄道
 東日本大震災で大きな被害を受けましたが、震災2日後には一部運行を再開。2014年に全線で運行再開など、劇中にもその物語が描かれています。市民に愛されているローカル鉄道で、2019年3月に久慈駅から大船渡市盛駅までの163㎞が繋がり、名将はリアス線と命名。第3セクター鉄道では日本で一番の長さ。久慈駅は、リアス線の北端であり、駅の愛称は「琥珀いろ」。鉄道むすめである「久慈ありす」は第1回鉄道むすめトーナメントで優勝しています。
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 駅舎の向かい側の建物には写真のような看板があった。全線開通を待ち望んでいたのでしょうね。

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 三陸鉄道久慈駅の駅そば店であるリアス三陸亭で、電話で予約しておいたうに弁当を受け取る。

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 うにがぎっしりと詰まった美味しいお弁当である。

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 駅舎内はあまちゃん関連グッズが所狭しと陳列されていた。

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 三陸鉄道久慈駅が「琥珀の国 入国管理局」にもなっている(笑)

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 これらも駅スタンプである。


09久慈~野田玉川:三陸鉄道リアス線全線開通

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 改札を入り跨線橋を渡りホームへ向かう。

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 三陸鉄道のホームから跨線橋とJRのホームを眺める。

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 列車入線前にかなりのお客さんが待っていた。

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 実った稲が緑の絨毯のように美しい(久慈―陸中宇部)。

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陸中野田―十府ヶ浦海岸では新たに長大な防潮堤が築かれていた。

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ここは2017年3月25日に開業した十府ヶ浦海岸駅。かなり海に近い場所にある。

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 そして野田玉川駅に着いた。

久慈1040ー1218宮古1228ー1309織笠 三陸鉄道リアス線


10野田玉川~宮古:三陸鉄道リアス線全線開通

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列車は安家川橋梁をわたっていく。ここは景勝地なので車窓を楽しめるように列車は一時停車する。うれしいサービスだ。


190915b安家川橋梁

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あまちゃんのロケ地でもある堀内駅から港の眺めである。ドラマでは「袖ヶ浜駅」として使用していたようだ。

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もう一つの景勝地である大沢橋梁。ここでも列車は一時停車する。


190915c大沢橋梁

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 東日本大震災で大きな被害を受けた島越駅。線路や駅舎を新しくした。

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 島越駅近くの海岸方面。以前は海水浴場として人気があった場所らしいが、今ではその面影もなく、防潮堤などの再整備が粛々と行われていた。写真中央やや下に見える階段は震災以前の駅へ行く階段である。

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 ここは摂待駅。面白い名前である。ちなみに駅周囲には料亭も居酒屋もなかった(笑)。

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宮古駅に着いた。ここで10分間停車して釜石へ向かう。宮古から釜石までは、今まではJR山田線の一部だったが、今年の春から三陸鉄道になり8年ぶりに運行を再開した区間だ。

久慈1040ー1218宮古1228ー1309織笠 三陸鉄道リアス線


食堂メッシタ

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[題名]食堂メッシタ
[著者]山口恵以子
[発行]角川春樹事務所
[定価]600円
[発行日]2019/4/18
ミートソース、トリッパ、赤牛のロースト、鶏バター、アンチョビトースト……
美味しい料理で人気の目黒の小さなイタリアン「食堂メッシタ」。
満希がひとりで営む、財布にも優しいお店だ。
ライターの笙子は母親を突然亡くし、落ち込んでいた時に、満希の料理に出会い、
生きる力を取り戻した。そんなある日、満希が、お店を閉めると宣言し……。
続々重版の大人気シリーズ「食堂のおばちゃん」の著者が放つ、料理と愛の物語。


食堂のおばちゃんシリーズの続編かと期待したがそうではなかった。
小さなイタリアン「食堂メッシタ」の人情と愛情のスパイスの効いた「美味しい」物語り。


11宮古~織笠:三陸鉄道リアス線全線開通

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 同じボックスに座っていた地元の方に教えてもらったが、今日は宮古では町のお祭りがあるらしい。宮古駅を出発すると、それらしき雰囲気が味わえた。

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 次の駅は磯鶏駅。「いそけい」ではなく「そけい」と読む。車内には立っている人も多く、車内を移動することは躊躇われたので座席からずっと車窓を眺めることにする。半年前に8年ぶりに運行を再開した区間だと思うと、鉄ちゃんとしては感無量となる。地元の人たちにとっても大きな喜びだったと思われる。

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 新しい八木沢・宮古短大駅をすぎ、津軽石駅。津軽地方との関係はないようだ。

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 払川駅をすぎて次は豊間根駅。次の陸中山田駅まで11.1㎞もある。

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 陸中山田駅に着いたがここでは下車しない。

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 次の織笠駅で下車した。


190915d織笠駅出発

久慈1040ー1218宮古1228ー1309織笠 三陸鉄道リアス線


12山田秋祭り:三陸鉄道リアス線全線開通

 織笠駅からは陸中山田駅まで徒歩で一駅戻る。歩いた方が地元のこともよくわかるし、この駅間は1.2㎞と短い。

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 途中のコンビニでアイスを食べたりしながら20分ほどで山田町の中心地へ着いた。海沿いでは防潮堤の建設が進み、その内側は写真のように区画整理だけがされていた。高台には新しい家も見えている。この土地に家が建つことはいつになるだろうか? あるいはあるのだろうか?

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 公園ではこちらもお祭りをやっていた。

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 三陸山田の祭り天国である。

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 小さな子も楽しめる遊具がある。

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 いろいろな出店も出ていた。

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 ここで「カキくし焼き」と「シュウリくし焼き」を買い二人でシェアする。ちなみにシュウリとはムール貝のことだった。

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 シーフードお好み焼きと焼きそばもシェアし、これが昼食となった。

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 ステージでは釜石ベンチャーズがベンチャーズのナンバーを演奏していた。

織笠1315ー1340陸中山田 徒歩


13陸中山田駅:三陸鉄道リアス線全線開通

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 お祭りの広場の近くのセブンイレブンの裏に高台(御蔵山)がありそこに鎮魂と希望の鐘があるので見に行く。こちらは消防殉職団員慰霊の碑である。

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 東日本大震災についての看板があった。

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2011年3月11日に発生した東日本大震災について
大震災発生日時 2011年3月11日 午後2時46分
日本全国の死者・行方不明者数 19,294人
    2012年1月11日現在(警視庁まとめ)
岩手県内の死者・行方不明者数 6,035人
    2012年1月11日現在(岩手県まとめ)
山田町の死者・行方不明者数   743人
  被災家屋    3,357棟(46.6%)
    2012年1月10日現在(山田町まとめ)

2012年3月11日 国際ロータリー第2520地区 山田ロータリークラブ
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 山田町でも743人もなくなっており約半数の家屋が被災していた。

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 旧陸中山田駅舎にあった大時計は津波のあった3時27分で止まっていた。

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この大時計について
 2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の歴史的大地震が東日本太平洋沿岸一帯を襲った。それに引き続いて発生した大津波は山田町に襲いかかり、被災したJR陸中山田駅の駅舎上に設置されていた大時計は津波による被災時刻の3時27分を指したまま止まっている。
 山田ロータリークラブの創立記念行事として、昭和46年に当時の国鉄陸中山田駅舎上に設置されていたものである。この大震災の規模と大きさと威力を如実に示すものであり、ここに展示し後世の防災の教訓とする。

2012年3月11日 国際ロータリー第2520地区 山田ロータリークラブ
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 これが鎮魂と希望の鐘である。東日本大震災からちょうど1年後の2012年3月11日に建立されている。

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 5分ほど歩いて陸中山田駅へ向かう。

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 新しくかわいらしい駅舎に生まれ変わっている。

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 5日後の9月20日から始まるラグビーワールドカップ2019日本大会は釜石でも試合が開催される。「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」というキャッチコピーがいい!

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 陸中山田駅の駅名標。

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 ホームから釜石方面。

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 ホームから宮古方面。

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 三陸鉄道リアス線(盛駅―久慈駅)全線開通ののぼり。

陸中山田1451ー1515吉里吉里 三陸鉄道リアス線


14陸中山田~吉里吉里:三陸鉄道リアス線全線開通

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 車窓からも区画整理された土地がよく見えた。

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カキなどの養殖のいかだが浮かぶ山田湾。東日本大震災前にこの路線を乗った時にもこの山田湾の風景が目に焼き付いていた。

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鯨と海の科学館。最寄り駅は岩手船越駅。

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 本州最東端の駅の岩手船越駅。

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おだやなか船越湾を車窓から眺めることができる。

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 浪板海岸駅から今夜の宿「三陸花ホテルはまぎく」が見えた。最寄り駅は浪板海岸駅だが、もう一つ先で下車して徒歩でホテルに向かう。

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 吉里吉里駅で下車する。ここは井上ひさしの小説「吉里吉里人」のゆかりの場所でもある。


15吉里吉里~ホテルはまぎく:三陸鉄道リアス線全線開通

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 吉里吉里駅から三陸花ホテルはまぎくまで約1.5㎞を歩く。歩くとすぐ海側に大きな防潮堤があった。向こう側にかすかに海が見える。

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 こちらはこれから防潮堤が建設される場所。

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 防潮堤がないと海がこんなに近くにきれいに見える。

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 車用の案内看板だが、徒歩の私たちにとってもうれしい看板である。

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 ホテルのすぐ上側の駐車場の脇には石碑があった。

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暁穹への嫉妬  1925.1.6
 薔薇輝石や雪へのエッセンスを集めて、
ひかりけだかくかがやきながら、
その清麗なサファイア風の惑星を
溶かそうとするあけがたのそら   宮沢賢治
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 石碑の横には下記のような説明書きがあった。

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2011年3月11日 東日本大震災で大槌町は壊滅的被害にみまわれ多くの貴い命を失った。生き残った私たちは亡くなられた人たち、これから生まれてくる子どもたちに、どう生きるかを示す責任がある。私たちは宮沢賢治の「利他の精神」がその道しるべになると考える。ここに大槌と関わりの深い「暁穹への嫉妬」を建立し顕彰する。
 2016年8月27日 大槌宮沢賢治研究会
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 震災以前の浪板海岸の写真もあった。このような白い砂浜が広がっていたようだ。震災と地盤沈下で砂浜がなくなってしまった。

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浪板海岸
 かつては南北800mに白い砂浜が広がり、松林や青い海のコントラストが印象的な三陸を代表するマリンレジャーの海辺でした。
 また、寄せる波はあっても返す波がないという世界でも珍しい「片寄せ波」の海岸としても知られておりましたが、東日本大震災による津波と50㎝もの地盤沈下により砂浜の大部分を消失しました。
 再び海水浴はマリンスポーツを楽しむことができる美しいビーチに戻すために、いろいろな取り組みや研究が行われており、海岸の復活に大きな期待が寄せられています。
 大槌町商工観光課
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 かなりの高い場所だが、ここまで津波がやってきたようだ。恐ろしいことだ。

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「津波到達の地」
 今次の震災が永久に教訓となることを願ってこの地に建立する。
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 ホテルの海側には砂浜はもうない。

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 普段はのどかでおとなしい恵みの海だが、津波の時には恐ろしい海に変貌するのだ。

吉里吉里1520ー1550浪板海岸(ホテル) 徒歩


16ホテルはまぎく・夕食:三陸鉄道リアス線全線開通

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 ホテルについた。入口には鵜住居復興スタジアムでラグビーワールドカップの試合をするカナダとウルグアイの国旗があった。(9月25日の試合ではウルグアイが30対27で格上のフィジーに勝利した。カナダ対ナミビアの試合は10月13日の予定であったが台風19号の影響で中止になった。残念!)

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 フロントと同じ高さに庭園がありそこには平成の架け橋があった。このホテルには平成天皇も宿泊したようだ。

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平成の架け橋

第17回全国豊かな海づくり大会 記念
行幸啓 平成9年10月5日
天皇皇后両陛下 お泊り所

東日本大震災復興の架け橋
第71回国民体育大会 希望郷いわて 国体記念
天皇皇后両陛下 お泊り所
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 ここに砂浜が広がっていたのとは信じがたい。

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 夕食は海の幸が中心の美味しいもの。満足!

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 卓上にはリアス線開通記念の三陸鉄道山田の醤油があった。

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 こちらはホタテとムール貝(?)の焼き物。

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 松茸の釜めし。そういえばホテルまで歩いている時に周囲には赤松が目立っていた。

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 食事のおともに熱燗をいただいたが、そこには「浪板観光ホテル 健康亭」とあった。昔はそういう名前のホテルだったようだ。


シルバージョーク集

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[題名]シルバージョーク集
[著者]烏賀陽正弘
[発行]三笠書房
[定価]600円
[発行日]2018/5/10
笑う門には「福」と「長寿」来たるーー。
世界中には、シニア世代にまつわるジョークがごまんとある。特に多いのが、いわゆる「自虐ネタ」だ。

【物忘れ】ーー「あれだ、あれ 年々増える 代名詞」
【聴力】ーー「年老いて 変わらぬものは 地獄耳」
【熟年夫婦】ーー連れ添えば 連れ添うほどに 悲壮感」
【ハゲ】ーー「鏡見て 自分をはげまし から元気」
【金銭欲】ーーあの世には 持って行けぬ タンス預金」

本書では、世界のジョーク集の中から、日本のシニア世代に深く共感していただける傑作選をお届けする。物忘れ、健康不安、ビミョーな夫婦仲、性、お金、そして老後の人生・・・「老いの悩み」もなんのその!ジョークで「笑い」に変えれば、元気がもりもり湧いてくる!

日本を支えるシニアたちの「お達者パワー」を存分に味わってください!


この手の本は手軽読めるので大好きです。出張帰りの新幹線で読み終わりました。


17浪板海岸駅:三陸鉄道リアス線全線開通

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 翌朝は小雨。朝食が終わり歩いて浪板海岸駅へ向かう。道路が新しくなっていてスマホの地図が頼りにならず、高低差もありちょっと駅を見失いそうになった。軽自動車に乗った地元の人に道を聞いてたどりついた。といっても徒歩5分くらいである。

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 高台にある駅にも津波到達の地の石碑があった。

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「津波到達の地」
 今次の震災が永久に教訓となることを願ってこの地に建立する。
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 その横には明治時代の津波のことが書かれた石碑があった。こうやって次世代にリスクをちゃんと伝えていたのだということがわかる。

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 さらにその横には東日本大震災備忘の碑がある。

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東日本大震災備忘の碑
 千年後への伝言 波板の人たちへの伝え
 2011年3月11日14時46分 東北地方太平洋沖を震源とするM9.0の東日本大震災が発生し、それによる巨大津波によって大槌町では1,200人を超える町民が犠牲になりました。浪板地域においても消防団活動をしていいた団員3人と人的被害として22人が亡くなりました。また住家や農地、漁業者の舟や施設も被害を受けました。被災当日から6月末日まで浪板支援促進センターでの被災生活となり、その間世界各国の人々は沖縄から北海道の国民の皆様から支援援助を受けたこと、また大学生や長崎大学医療班等の皆様からの治療支援があったこと、多くの会社は職業人、自衛隊岩手駐屯地の空からの空輸救援活動があったことを忘れないで欲しい。
津波襲来時刻 同日15時16分 波の高さ 約20メートル
 被害状況 人的には25人死亡 物的には住家 被住家71棟
      田畑や漁業施設、山田線浪板海岸駅ホーム、国道45号線流失損壊
      浪板海岸砂浜や松林の消失
 地震が起きたら津波が来ると思え。高台に避難し解除が出されるまで戻らない。今次の震災が永久に教訓となることを願ってこの地に建立する。
 平成30年12月吉日建立 波板地域復興協議会
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 内容を読むと、改めて大きな災害であったと再認識する。

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 浪板海岸駅名標。

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 先ほどの石碑が三つ並んで車窓からも見えた。


18浪板海岸~大槌:三陸鉄道リアス線全線開通

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 吉里吉里駅を過ぎると大槌駅が近くなる。海沿いにはここにも巨大な防潮堤が建設されている。

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 大槌川の河口では水門も築かれている。逆流を防ごうというのだろう。

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 大槌駅舎は新しくなりひょっこりひょうたん島を模したものになった。大槌湾に浮かぶ小さな蓬莱島がひょっこりひょうたん島のモデルになったという云われがある。

浪板海岸0855ー0927釜石 三陸鉄道リアス線


19大槌~釜石:三陸鉄道リアス線全線開通

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 大槌の次は鵜住居駅である。ここにも防潮堤がある。「未来へトライ」とは鵜住居復興スタジアムで開催されるラグビーワールドカップを意識しているのだろう。

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 鵜住居(うのすまい)駅の愛称もトライステーションである。

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 なんだか鉄ちゃん率が高い。列車行き違い時間を利用して写真を撮っている(もちろん私も)。

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 こちらが駅舎で、ホームに比べるとかなり立派な駅舎である。

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 ホームからちらっと鵜住居復興スタジアムの観客席の屋根が見える。隣に座っていた地元の方の話では、小中学校があったが被災してしまいその跡地がスタジアムになったということだった。

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 対抗列車のラッピングはラグビーワールドカップ仕様となっていた。

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 釜石駅に近づいてきた。構内には転車台があった。SL銀河のためのものであろう。

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 釜石駅に到着。

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 こちらが三陸鉄道の釜石駅である。

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 通常運行は3月24日に開始されたようだ。

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 表も裏もラグビーワールドカップ万歳!である。

浪板海岸0855ー0927釜石 三陸鉄道リアス線


20釜石~花巻:三陸鉄道リアス線全線開通

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 JR釜石駅のスタンプ。釜石大観音やSL銀河が記されている。

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 こちらがJRの釜石駅。列車ごとの改札が行われている。

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 3両編成の快速はまゆり4号に乗る。

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 定刻に釜石駅を出発した。写真右側は三陸鉄道の線路、左側はJRの線路になるが、元々はともにJRだったためかなり密接につながっている。


190916釜石駅出発

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 この右側が宮古方面の三陸鉄道(旧JR山田線)である。快速はまゆり4号は左側の線路を進む。

釜石1014ー1158花巻 釜石線 快速はまゆり4


21マルカンビル大食堂:三陸鉄道リアス線全線開通

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 花巻駅からタクシーでマルカンデパートへ向かう。ここの6階にあるマルカンビル大食堂でランチタイムとする。

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 エレベータで6階へ上がると券売機前には大行列。階段に並んで並んで最後尾は4階だった。ここまで人気があるとは知らなかった。祝日の12時過ぎだし仕方がないか。マルカンビル大食堂は6階だが2階から5階には店舗がない。一度閉鎖されたマルカンデパートだが、大食堂の復活を望む人たちの活動のおかげでマルカンビル大食堂は再営業となった。詳しい話はネットで確認を。素晴らしい行動力だと思う。

 30分ほど並んで食券を買いテーブルに座る。広い食堂が確かに満員である。

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 これが有名なソフトクリーム。目の高さまである。何も知らない妻はビックリ! 噂は知っていた私もややビックリ。ここまで大きいとは! やや硬めなクリームなので、箸で食べることができる。これでなんと230円! コストパフォーマンスがすごい!

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 私はナポリかつ870、妻はみそラーメン580を頼んだが、シェアしながら食べた。満足、満足!


22花巻・帰路:三陸鉄道リアス線全線開通

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 マルカンデパートの近くには宮沢賢治の生家があった。現在は親戚の方が住んでいるので見学はできない。

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 花巻駅まではぶらぶら歩いて帰るとする。途中に季節・小料理 亀 という居酒屋を発見。さすがに昼間なので営業していなかった。

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 花巻駅に到着。

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 ラグビーワールドカップまであと4日となった。

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 試合の開催日には快速ラグビー釜石が4編成投入されるようである。

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 花巻からは東北本線で一ノ関へ向かう。当初は釜石―(三陸鉄道)-盛―(大船渡線BRT:バス)-気仙沼―(大船渡線)-一ノ関として、一ノ関から新幹線を予定していた。しかし雨模様の天気だったのと、やはりできるだけバスは利用したくなかったので、花巻経由でマルカンビル大食堂での昼食を選択したのである。
新幹線に乗るには新花巻駅から乗ってもいいのだが、東京到着は同じ時刻なので、いろいろな列車を楽しめるこのルートにした。

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 花巻駅のホームにはこんな穴あきパネルがあった。

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 跨線橋から北上・一ノ関方面を望む。

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 跨線橋から盛岡方面を望む。

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 駅名標

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 14時46分発の一ノ関行き2両編成の列車に乗る。

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 一ノ関から東北新幹線やまびこ52号に乗車。そして仙台ではやぶさ28号へ乗り換えて18時過ぎには東京へ到着した。

 三陸鉄道リアス線がつながったのでそれに乗りに行ったのだが、期せずして復興にはまだまだ時間がかかりそうな地元の様子も実感してしまった。

花巻1446ー1535一ノ関 東北本線
一ノ関1550ー1622仙台 東北新幹線 やまびこ52
仙台1630ー1804東京 東北新幹線 はやぶさ28

老父よ、帰れ

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[題名]老父よ、帰れ
[著者]久坂部羊
[発行]朝日新聞出版
[定価]1,600円
[発行日]2019/8/30
高齢者医療の現場を知る医師でもある著者の「認知症介護」小説。テレビ、新聞・雑誌で話題になった『老乱』につぐ第二作。

45歳の矢部好太郎は有料老人ホームから認知症の父・茂一を、一念発起して、自宅マンションに引き取ることにした。認知症専門クリニックの宗田医師の講演で、認知症介護の極意に心打たれたからだ。勤めるコンサルタント会社には介護休業を申請した。妻と娘を説得し、大阪にいる弟一家とも折にふれて相談する。好太郎は介護の基本方針をたててはりきって取り組むのだが・・・。隣人からの認知症に対する過剰な心配、トイレ立て籠もり事件、女性用トイレ侵入騒動、食事、何より過酷な排泄介助・・・。ついにマンションでは「認知症対策」の臨時総会が開かれることになった。いったい家族と隣人はどのように認知症の人に向き合ったらいいのか。懸命に介護すればするほど空回りする、泣き笑い「認知症介護」小説。


認知症の介護現場を描いたどこにでもありそうな内容の小説。自宅での認知症介護の難しさがかかれている。本人の人権を守ることと周囲の安全を確保することを両立させるにはどうしたらよいのか。家族介護の力の入れどころはいったいどこなのだろうか。そしてもし親が認知症になり介護が必要になったら自分はどうするのかを考えながら読まざるを得ない。しかし読んだからといってその命題に結論はでない。

PS:193ページの2行目。「幸太郎」は「好太郎」の誤植。新たな登場人物かと思ったが明らかなミス。校閲してないのかな?


124伊勢原~中央林間:大山街道(5)

 今日は2019年12月15日。7か月ぶりに大山街道歩きの第五弾である。

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 今回は「わけ」あって少し遅めの9時過ぎに伊勢原駅へ。

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 相模大野駅で9時47分発の各駅停車片瀬江ノ島行きに乗り換え。

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 あっという間に中央林間駅へ。

伊勢原0921-0939相模大野
相模大野0947-0951中央林間

125中央林間駅探訪:大山街道(5)

 ちょっと時間があるので中央林間駅周囲を探索する。

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oh19kai1252.jpg 西口は商店街が広がっている。

 写真はないが、南口にはスロット・パチンコ店が2店軒を並べ、北口には日本そば屋があった。

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 東口(東急正面口)が一番広く、タクシー乗り場がある。

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 「わけ」とは1か月前の10時から販売される特急ロマンスカーのチケットを購入することなのだ。無事に1月15日のチケットを購入し、大山街道歩きへ出発である。

126中央林間~青葉台:大山街道(5)

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 10時9分発の急行大井町行きに乗る。

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 平日19時30分以降の有料座席指定サービスのQシートがあるようだ。

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 これがQシート列車の時刻表。大井町から長津田までの区間運用である。

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 ちょうど10分で青葉台駅に到着した。

中央林間1009-1019青葉台

127榎田橋:大山街道(5)

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 (1)青葉台駅、(2)榎田橋

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 明治地図では目印が少なすぎて(2)の場所ははっきりとはわからないが、川の流れから推測すると(2)の場所であろう。

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 青葉台駅を出るとすぐに青葉台駅西側交差点がある。向こう側には東急スクエアがある。

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 その次の信号は青葉台交差点だ。

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 国道246号線をアンダークロスする直前を右折する。

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 左側のガードレールが榎田橋だ。

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 橋の左手には、このようにしらとり川が見える。

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 橋の右手は、暗渠になっている。

128日本料理青柳:大山街道(5)

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 (4)日本料理青柳

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 明治地図では(4)の場所はわかりにくい。大幅に再開発されたからであろう。

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 榎田橋を渡ると登り坂となり、右側には青葉台幼稚園がある。

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 そして地図ではコジマとなっている場所を右折。コジマではなく別の会社になっている。

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 まっすぐ進み、

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 次の十字路を左折する。

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 すると「青柳」という看板が見えてくる。紅葉が美しい。

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 右にカーブしながら登っていくと、

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 こちらにも「青柳」の入口(裏口)があった。

129トレファクスポーツ:大山街道(5)

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 (7)ブックオフ

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 (6)の場所はこのあたりと思われる。

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 青柳の裏口から進み、十字路(矢印)を左折する。

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 右にカーブしながら坂を登る。

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 今度は下る。

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 左手には国道246号線が見え隠れしている。

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 ここが(6)の交差点。宮川酒店があったようだが、見当たらない。

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 交差点を渡った左手の自販機のある家に、大山街道のステッカーをみつけた。

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 そしてすぐに右折する。正面のしらとり台交差点は国道246号線である。

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 (7)はブックオフではなく、トレファクスポーツになっていた。

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 VERONAというラブホテル。宅地の中に堂々と存在している。


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