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19野志里神社1:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 延柳寺の前を通る。ナマズとウナギの案内図にはこう書かれている。

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 延柳寺 えんりゅうじ

 このお寺は戦国時代、今から約450年前の天正2年に順和和尚が開きました。
 その時は、数万の死者を出した「織田信長」と「長島一向衆」の人々との間の激しい戦いが終わる時でした。
 昭和に入り第二次世界大戦の時、梵鐘は金属供出命令で供出され、今の梵鐘は昭和24年に作られました。
 ここの日曜学校で、お経を学んだ方もいますね。
     のしろおたから発見隊
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 右へ曲がり踏切を渡る。

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 次の路地を左に曲がると、すぐに野志里神社に着いた。

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 野志里神社の説明案内板があった。

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野志里神社(のじりじんじゃ)

 野志里神社は延喜式(905年編纂の書物)に名を列ねる古社で、皇太神宮遷座の旧跡です。
 「倭姫命世紀(やまとひめのみことのせいき)」という古典によると、垂仁天皇は、皇女倭姫命を御杖代(みつえしろ)と定められ、姫は天照大神(あまてらすおおみかみ)の御神霊と御神示(ごしんじ)をお持ちになり、新たに清浄な御鎮座の土地を求めて、大和の笠縫邑(かさぬいのむら)を離れられた。この後、伊賀・近江・美濃・尾張などの各地を御巡幸、この伊勢国の野代の里に御遷幸されたと伝えられています。
 その旧跡が、この野志里神社だといわれていますが、その時代にはもう少し山寄りであったと考えられます。
 さてここにお祀りして四年、宇治の土公の祖(おや)、太田命(おおたのみこと)が地相を占い、「五十鈴川の川上に霊地があります。御先導申し上げます。」と奏(そう)し、姫はこれを聞き入れ、現在の伊勢市宇治に御到着になり、ここに御神域と御神殿を整え、皇太神宮をして奉祀(ほうし)することになりました。
 こののち、大鹿島命(おおかしまのみこと)が祭主となり、倭姫命は斎宮となられて、奉仕されるようになりました。
     桑名市教育委員会
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 天照大神御旧跡式内野志里神社と書かれた大きな石塔がある。

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 御神木の大きな楠が立派にそびえていた。

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