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42土佐屋:明知鉄道(明智・岩村)紀行

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紺屋「土佐屋」
 土佐屋の主屋は、安永9年(1780)頃の建築であると推定され土間ミセの商家(職人)形式の町家であり、岩村の江戸時代の町家を検証する上で、その歴史的価値も高い。建物の保存に当たっては、江戸時代の状況を出来る限り忠実に復元し、伝統工芸と町屋建築を併せて学べるような施設とした。
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土佐屋 主屋
 主屋は、今から200年以上前に建築されたものです。通りドマ・一列三間型で、通りドマがやや広めに造られていることを除けば、当時の町屋の典型的な間取りと言えるでしょう。当時、表のドマには染壺が据えられ、職人が生糸や布を染めていたものです。表のドマの天井が真っ黒に煤けているのは、染料を温めるために火を焚いていた名残といえます。
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紺屋
 江戸時代には染屋を紺屋と呼んだように、紺染めが多く原料は藍で、藍甕に糸や布を何度も入れて染めあげました。
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 紺屋の土佐屋も見学できるので中に入ってみた。

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天正疎水
 天正3年(1575)岩村へ入城した河尻秀隆は、城下町形成のために城下町を西方に移すべく、まず岩村川左岸を東から西へ通じる道路を中心に左右それぞれ2本ずつ、4本の用水路を設置しました。
 こうして、まず道路や用水など整備を整えてから人の住む家を建てることを都市計画といいますが、河尻秀隆によってその後の岩村町の基礎が築かれたといえます。
 この用水を天正疎水と言いますが、400年を経た今も、家々の下を流れ、生活のために役立っています。
恵那市教育委員会
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 これが天正疎水で今でも水が流れている。

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 店の奥には藍甕が所狭しと並んでいた。

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 機織りの機械も展示されていた。


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