田村道69:遊行寺前

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 地図(14)の遊行寺橋の辺りです。

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 遊行寺前バス停です。

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 遊行寺で行く道の分岐点です。

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 近くに遊行寺橋と高札場跡の説明がありました。

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 「東海道藤澤宿 昔話のある町 旅籠町/中久保町」

「昔話のある町」というネーミングがいいですね。

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 東海道藤沢宿の成り立ち・しくみがわかりやすく解説してありました。


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田村道68:藤沢宿街並み

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 地図(13)あたりが東海道藤沢宿の賑わった界隈です。

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 地図で赤四角で囲んだ蒔田本陣跡です。

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 内田商店本店が本陣跡なのでしょうか?

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 ここにも風格のある建物がありました。

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 こちらも老舗風の建物です。

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 歩道のトランスボックスには、昔のおそらくこの辺りの写真がありました。

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 江戸時代の旅籠の様子も描かれています。


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田村道67:問屋場跡

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 常光寺を出てすぐ右側に、問屋場跡がありました。問屋場は宿場のさまざまな事務作業を行う場所で、具体的には人馬の継立(つぎたて)、助郷(すけごう)賦課などがありました。

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 今は消防署になっています。地図では赤矢印の場所です。


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田村道66:常光寺2

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 庚申供養塔がありました。

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 説明文がありました。

「市指定有形民俗文化財 昭和五十二年(一九七七)四月十三日指定

万治二年・寛文九年 庚申供養塔

 向かって右が万治二年(一六五九)、左が寛文九年(一六六九)に造立された庚申供養塔です。ともに塔身に笠石を乗せています。
 万治二年塔は、塔身正面に「萬治二年」「己亥正月吉日」の造立年記があり、下部に十三名の造立者名が陰刻されています。(中略)
 寛文九年塔は、塔身両側面に「寛文九己酉年」「五月廿八日」の造立年記が陰刻されています。(中略)
 下方には正面と両側面に「見ザル・聞かザル・言わザル」が一体ずつ配されています。庚申塔に三猿像が彫られているのは、三尸に告げられないように、あるいは庚申の申が猿に通じるからなどの説があります。」

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 こちらが万治二年塔です。

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 こちらは寛文九年塔です。

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 六地蔵もありました。


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田村道65:常光寺1

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 次は地図(12)の常光寺です。

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 このあたりの歩道上のトランスボックスには藤沢宿の絵が描かれています。

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 ここが常光寺です。

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 かながわの名木100選に常光寺のカヤが選ばれています。

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 亀とかたつむりの石造物がありました(笑)


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田村道64:源義経首洗井戸

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 白旗交差点に戻り、東へ少し行ったところに、「伝 源義経首洗井戸」の案内表示がありました。行ってみましょう。

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 ここがその場所です。地図の赤矢印のあたりです。

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 説明がありました。

「伝 義経首洗井戸

 源義経(鎌倉幕府の将軍源頼朝の弟)は、頼朝に追われ奥州(東北地方)に逃げていましたが、一一八九年に衣川(岩手県奥州市)で自害しました。腰越(鎌倉市)で首実検の後に浜に捨てられた義経の首は、潮にのって川をさかのぼり、里人に拾われてこの井戸で清められたと伝えられています。この絵は歌川国芳が描いた源義経の浮世絵です。ここから二〇〇メートルほど北の白旗神社は祭神として義経を祀っており、境内には、藤沢の御首と宮城県栗駒市の判官森に葬られた御骸の霊を合わせ祀った源義経公鎮霊碑などがあります。また、常光寺南側の公園には、弁慶塚と記された石碑が祀られています。」

 ふ〜ん。

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 こちらには源義経史蹟 藤沢市と書かれています。


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田村道63:白旗神社2

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 神社の裏に数多くの石造物がありました。

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 寛文五年の庚申供養塔です。

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 寛文五年庚申供養塔(有形民俗文化財)の説明です。

「庚申信仰は、十干・十二支の組合せによって、六十日に一度めぐる庚申の日に、徹夜で無病・息災・長寿を願う信仰である。「人の体内にいる三尸の虫が、庚申の夜、天に登ってその人の罪過を天帝に告げるため生命を縮められる」とする道教の教えに由来している。この供養塔の中央上の梵字は釈迦如来(主尊)、続く八字はナモアミダブソワーカーの一呪、下の梵字はここでは青面金剛を表している。猿像の脚ぼその彫刻は、江戸時代初期のものに見かけられるものである。
昭和五十二年四月十三日指定」

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 これは江の島弁財天道標です。「一切衆生」と書いてあるようです。

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 「ゑのし満   かまくら   みち」と書いてあります。

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 これはなんでしょうか?   よくわかりません。

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 こちらには享保二十年と読めます。


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田村道62:白旗神社1

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 しばらく進むと正面に大きな鳥居が見えてきました。地図(10)の白旗神社です。

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 白旗神社の説明です。

「御祭神  寒川比古命 源義経公

配神  天照皇大神・大国主命・大山祀命

由緒  古くは相模一の宮の寒川比古命の御分霊を祀って、寒川神社とよばれていた。しかし、創立年代はくわしくはわからない。鎌倉幕府によって記録された『吾妻鏡』によると、源義経は兄頼朝の勘気をうけ、文治五年(一一八九)閏四月三十日奥州(岩手県)平泉の衣川館において自害された。その首は奥州より新田冠者高平を使いとして鎌倉に送られた。高平は、腰越の宿に着き、そこで和田義盛・梶原景時によって首実検が行われたという。伝承では、弁慶の首も同時におくられ、首実検がなされ、夜の間に二つの首は、此の神社に飛んできたという。このことを鎌倉(頼朝)に伝えると、白旗明神として此の神社に祀るようにとのことで、義経公を御祭神とし、のちに白旗神社とよばれるようになった。弁慶の首は八王子社として祀られた。」

 昔の昔は、寒川神社と呼ばれていたのですね。

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 旧東海道の藤沢宿の地図がありました。

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 東海道五十三次の藤沢宿の絵です。遊行寺橋の様子です。


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田村道61:藤沢本町駅



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 田村道第三弾は2016年6月12日です。伊勢原から小田急線で藤沢本町まで行き、ここからスタートです。

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 地図の赤下線の伊勢山橋です。ここから東へ進みます。

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 地図の赤矢印の白旗交差点です。ここを左折します。


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田村道60:伊勢山公園4

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 江の島の反対側の北を望みます。グラウンドの向こうに丘陵地帯が広がっており、住宅やマンションになっています。

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 小田急江ノ島線がよく見えます。

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 伊勢山公園には桜がたくさんありました。桜の名所だそうです。

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 伊勢山公園へは南側から登りましたが、帰りは東側(赤矢印)へ降りてきました。

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 降りてきた道を見上げると、こんな感じです。こちらが正面入口なんですね。

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 そして藤沢本町駅です。今日はここで終了です。小田急線を乗り継いで伊勢原まで帰りました。

 次回は2016年6月12日です。


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田村道59:伊勢山公園3

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 こんな観光案内もありました。旧東海道の藤沢宿の江ノ島や東海道の展望ができる伊勢山の説明です。

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 「東海道分間延絵図」の東海道と伊勢山が描かれています。

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 「藤沢宿の西、東海道の北側に位置する小高い丘は、かつて神明宮(伊勢神宮の分霊を祭神とする神社)があったため、伊勢山と呼ばれています。ここは眼下に東海道を見下ろすことができるだけでなく、海上の江の島をも望む景勝の地で、昭和の戦前期には時の鐘が置かれていました。

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 ここが江の島が見える見晴台です。正面に江の島がうっすらと見えています。

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 拡大するとこうなります。


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田村道58:伊勢山公園2

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 頂上には庚申供養塔がありました。

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 見猿・言わ猿・聞か猿の供養塔がありました。

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 こちらは「北辰妙見大霊病神」と書かれています。

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 市指定重要文化財(有形民俗文化財)なのだそうです。

「承応二年(一六五三)庚申供養塔

庚申信仰について

 これは十干・十二支の組合せによって、六十日に一度めぐってくる「庚申の日」に、その夜を眠らずに過ごして無病・息災・長寿を願う信仰です。この源流は、人の体内にあって、人命にわざわいをおよぼす「三尸」という虫の害をふせいで、長寿を願う道教の信仰にはじまっています。江戸時代、万治・寛文頃(一六五八〜一六七二年)には、仏教を背景に広く庶民に伝わり「庚申講」ができ、庚申の夜、当番の家に集まって飲食歓談したり、供養塔を建てるなどの行事が盛んになりました。現在、市内には三百数十基の庚申供養塔が確認されていますが、このうちの十五基が藤沢市の重要文化財に指定されています。この近世庶民の素朴な祈願・信仰の遺産である庚申塔をともども大切に保護し後世に伝えてゆきたいものです。

昭和五十二年四月十三日指定  藤沢市教育委員会」

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 頂上の中央部には写真のような忠魂碑がありました。


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田村道57:伊勢山公園1

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 途中で伊勢山公園に寄り道します。

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 湘南高校入口交差点から東へ進み、マクドナルドと郵便局を過ぎた路地を左折します。地図では赤で示しました。

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 正面のこんもりした山が伊勢山公園です。

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 ここから階段が始まります。

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 かなりの急勾配です。

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 男坂と女坂がありますが、男は黙って男坂です。


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田村道56:湘南高校入口

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 引地橋を渡ると左折します。地図の(8)の場所です。

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 200mほど歩くと元の道に合流します。地図の赤矢印の場所です。

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 しばらく進むと一中入口というバス停がありました。

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 そして湘南高校入口交差点です。

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 交差点の近くに湘南高校前バス停がありました。


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田村道55:おしゃれ地蔵

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 メルシャン藤沢工場をあとにして坂を下っていくと、進行方向右側にこんなお地蔵さんがありました。白粉と口紅をしているように見えます。

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 地図(6)のおしゃれ地蔵です。

 「『女性の願い事なら、何でもかなえて下さり、満願のあかつきには、白粉を塗ってお礼をする。』と伝えられており、今でも、お顔から白粉が絶えることがないという。そのような所から、誰からともなく『おしゃれ地蔵』と名付けられたとされる。形態的には『地蔵』ではなく、道祖神(双体道祖神)の表現が妥当であると考えられるが、土地の言い伝えを大切にしていきたい。

平成七年十二月 藤沢市教育委員会」

なるほど!

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 この大きな煙突は石名坂環境事業所の煙突でしょうか。

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 地図(8)のやや左側の引地橋西交差点です。引地橋の下には引地川が流れています。


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田村道54:七面地蔵

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 しばらく歩くと左手にメルシャン藤沢工場が見えてきました。

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 正面入口の片隅に七面地蔵がありました。

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 メルシャン前バス停ですが、とても綺麗に整備されています。

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 正面入口の反対側には、ユニークな石像が多く陳列されている工藤正夫石材店がありました。


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田村道53:羽鳥

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 辻堂入口バス停を通過します。

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 進行方向右側には御菓子処丸寿があります。きっと老舗なのでしょう。

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 ここは地図の赤矢印の交差点です。

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 地図(3)の羽鳥歩道橋です。

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 そしてここは地図(4)の羽鳥交差点です。

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 羽鳥交差点の近くに羽鳥バス停があります。

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 ここが羽鳥中学校入口交差点です。


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田村道52:四ツ谷



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 地図の(41)(42)(1)で囲まれた四ツ谷交差点です。目の前の道路は国道1号線で旧東海道です。

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 大きな交差点で、歩道のある場所までかなり距離があります。

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 四ツ谷交差点を渡り、東へ進みます。

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 四ツ谷バス停がありました。

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 赤枠の稲荷神社の前を通過しました。


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田村道51:四ツ谷道標2

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 こちらには記念碑がありました。「藤沢バイパス道路新設、、、、、、、昭和三十八年二月二日 四谷町内会」とあります。

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 祠の中には「大山道」と刻まれた石造物がありました。

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 側面には「これより大山道」とありました。


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田村道50:四ツ谷道標1

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 一の鳥居のすぐそばに道標がありました。

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 「大山みち」と読めますが、その上は読み取れません。

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 「平成十七年七月一日再建 地主 鈴木得郎 四ツ谷町発起人一同 大山阿夫利神社 目黒」とあります。

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 四谷不動(大山道標)について解説がありました。

 「東海道と大山道が交差する四谷辻に建てられていた道標で、大山不動尊の下、正面に「大山道」、両側面に「これより大山みち」とあります。延宝四年(一六七六)に江戸横山町の講中が建てたものです。堂外の道標が初代のもので、万治四年(一六六一)に江戸浅草蔵前の講中によって建てられたものです。江戸時代を通じて、江戸町人の大山参詣が盛んでした。四谷辻には多くの茶屋が立ち並び参詣客を誘いました。今でも七月一日の大山開きには、四谷町内会の年中行事として、辻堂元町の宝珠寺の住職のもと護摩供養が行われています。

平成五年二月   藤沢市教育委員会」


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田村道49:一の鳥居

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 地図(41)の一の鳥居へ向かいます。

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 城南一丁目交差点を直進します。

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 この路地に入るのです。

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 一の鳥居の後ろ姿です。

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 敬意を表して正面写真も撮りました。


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田村道48:折戸地蔵


 地図(40)の折戸地蔵です。

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 この左手角にあります。

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 ここが折戸地蔵です。祠に「折戸」と書いてあります。

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 こちらから見ると、右へ行くのが大山道になります。写真のような句碑がありました。
 「右野道 地蔵も花も笑ひけり」 by 薫風


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田村道47:裏道

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 道の枝分かれが連続します。まずは地図の(36)と(37)の間の赤矢印の場所です。ここは直進します。

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 次に(37)の白丸の角、青矢印の場所です。ここは斜め左へ向かいます。

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 次は緑矢印の場所です。ここは右斜めへ進みます。

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 ここは(38)の変電所です。変電所が多いですね。
 
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 そしてなんとも言えない旧道カーブの道を進みます。


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田村道46:旧道歩き2

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 松林ケアセンター前バス停です。地図の赤矢印あたりです。

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 地図赤枠で囲ったコンビニです。右側の道を進みます。

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 ここは直進します。

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 幅の狭い道を進みます。このあたりはあまり目標物がありません。

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 旧道らしい微妙なカーブが続きます。

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 ここは地図(36)の辻堂変電所です。


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田村道45:旧道歩き1

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 地図(34)の妙行寺です。

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 妙行寺の反対側に大きなお屋敷がありました。お大尽なのでしょう。

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 地図(35)の分岐です。ここを左の小道に入ります。

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 またまた分岐がありました。ここは右手に進みます。

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 地図の赤矢印の場所で、路地を直進します。

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 元の道に戻ってきました。


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田村道44:松林村役場跡

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 地図(32)の赤羽根神明大神から(33)の松林村役場跡へ向かいます。

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 その途中に大きな瓢箪を発見しました。井上酒店です。

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 松林村役場跡がありました。

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 松林村の由来が書いてありました。

「この前を通る大山街道は、田村の渡し(寒川)で相模川を渡る大山参りの近道で、江戸の商人・職人をはじめ多くの文人・墨客が往来した。赤羽根・甘沼の丘陵の南面をほぼ平坦に並行する、のどかな街道であった。正面に日本一の富士を仰ぎながら夫々大山参りの楽しい旅をしたことでしょう。しかし静かな農村にも幾度か行政の改変があり、各村々が合併を重ねていった。明治二十二年(一八八九年)赤羽根村を始め、室田・菱沼・小和田・高田・甘沼・香川の七カ村が一つになって松林村となり、此の地に松林村役場が建設され、村長には水越良介氏(後に茅ヶ崎町町長・神奈川県議会議員を歴任)が就任した。明治四十一年、松林村、鶴嶺村、茅ヶ崎村が合併して茅ヶ崎町ができるまでの約二十年間、此処松林村役場は地方自治の重要な拠点であった。昭和二十二年市制が施行された当時の茅ヶ崎市の五万余の人口も、市制六十周年を迎えた今日は約二十三万と急激な増加を見るに至り湘南の中核的都市となりました。大山街道に添って湘南バイパスが建設されるなどに至り、かつてのふるさと的農村風景も次第に失われつつあります。」


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田村道43:赤羽根神明神社3

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 やっと本殿が見えました。相★ 赤羽根 鎮座 神明大神と書いてあります。

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 比較的新しい本殿ですね。

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 神明大神由緒が書かれていました。

 「祭神 大日★貴命
 合祀神 素戔嗚尊・菅原道真公・福都日神

 大日★貴命は天照大神の別称、大日★貴ともいい日神とある。合祀の三神は、八雲神社、天満宮、荒魂神社等の神であったが、明治四十三年十月の一村一社制度の施行に伴い、上赤(羽根)中赤(羽根)の二社は、下赤羽根の神明大神に合祀された。
(中略)

 昭和五十七年新湘南道路計画に当たり、新しく移築された敷内千三百余坪、総てが社領であり、平坦な境内には数百年の樹木が並び、供鐘燈籠が今も神社の荘重な姿を映す。七月には歴史ある浜降祭と九月の例大祭と御輿渡御で賑わい、日々常々は地区民が平穏を願う鎮守神である。

平成十九年七月吉日   赤羽根神明大神氏子総代」

 ここへ来るまでの参道の樹木は樹齢数百年もあったのですね。


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 記念碑がありました。

「湘南地域交通緩和に伴う新湘南国道の建設にあたり、神明大神境内地参道の一部が建設省の計画路線に掛かる。このため神社の財産たる境内地保全と神社の尊厳維持のため深く憂慮し、財産処分の決定については氏子を挙げその英知を結集する。昭和五十四年を起点として建設省との度重なる協議の末、買収価格に神木銀杏の保存を条件に加えて譲渡成立する。昭和五十五年神社本庁への財産処分申請を手始めとして、境内地の模様替え造成工事と神殿、神楽殿、社務所、手水舍等主要建築工事の設計契約を経て、諸工事は年度を追って着々と進み各々その竣工をみるに至る。思うに昭和五十八年、御遷宮までの5か年間建設委員をはじめ氏子は一致団結してその精魂を傾け数多の困難を克服して、ひたすら由緒ある神明大神の保全と御神徳の発揚を念じ、また関係建設業者の熱意ある貢献のもと慈に御遷宮の大業を成就するに至る。

昭和五十八年九月十七日 赤羽根 神明大神氏子中」

自画自賛の内容だなぁ(笑)


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田村道42:赤羽根神明神社2

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 新湘南バイパスの側道をオーバーパスし、新湘南バイパスはアンダーパスします。

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 反対側の側道の様子です。

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 この歩道橋は「神明歩道橋」と呼ぶようです。

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 昭和63年3月に完成しました。私の手が反射して写ってしまっています(笑)


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田村道41:赤羽根神明神社1

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 今度は地図(32)の赤羽根神明神社へ寄り道です。

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 こちらは地図(31)の大ケヤキです。

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 大ケヤキのすぐ脇に鳥居があります。「指定村社 神明大神」と書いた石碑があります。

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 鳥居をくぐってしばらく進むと、道路がありさらにその先に参道が続いています。

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 釣鐘もありました。

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 参道周囲の木々はご覧のように伐採されているものもありました。何か問題があったのでしょうか。もったいないです。


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田村道40:六地蔵

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 地図(30)の赤丸の六地蔵に寄ってみます。

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 高田緑地からさらに東へ向かいます。

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 「赤羽根六地蔵堂」と書いてあります。

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 六地蔵の奥に「大山街道句碑」がありました。

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 春風や いそがぬ人の そでを吹く 密人たちの かなしみを泣く


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