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24多度〜養老:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 多度駅から養老駅へ向かう。列車の中はお年寄りで一杯だ。よくみると鈴鹿市民歩こう会という団体らしい。

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 養老駅に着いた。鈴鹿市民歩こう会のメンバーも大量に下車した。

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 駅舎である。歩こう会のメンバーはまだ歩き出さない。

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 駅周辺には養老公園が広がっている。このあたりはひょうたんの名産地なので、ひょうたんが模られている。

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 これは養老伝説・孝子伝説の孝子源氶内の像である。

多度0858-0927養老 養老鉄道

23多度大社:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 駅前タクシー乗り場はあるがタクシーはない。ネットで調べたら徒歩20分と書いてあったので歩いてみようか。

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 暑いうえに登り坂だ。最悪! 15分ほど歩くとレトロな街並みになってきた。

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 鯉料理の大黒屋が右手にみえる。創業260年の老舗だ。

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 こちらが入口。

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 ちょっと中をのぞくと落ち着いた雰囲気が広がっていた。

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 大黒屋の先にあるのは西大黒屋、その先が桔梗屋。両店とも創業300年を超える。ともに八壷豆(多度豆)が有名。

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 西大黒屋の前に説明書きがあった。

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宝永年間創始
古代銘菓 手作りの味
八壺豆

 伊勢を詣でる人は必ず訪れたと云う北勢多度大社、古い門前町。
 多度山を背景に八壺渓谷みそぎの滝の前で茶店の老婆が片手間に創り始めたと伝えられ、八壺渓谷の名を冠したものでみそぎの滝の滴こと落ちる銀色に輝く水滴に形どったものです。
 当時の八壺豆は、形も小さく色も黒ずんでいましたが、大正時代になり製法に改良、向上を加え近代人の好みに合うべく工夫致し、現在は八壺豆(通称 多度豆)とも云われ広く販売されています。当店は厳選した材料を独自の製法に仕上げた自然食品です。滋養豊富な高雅なる風味は萬人に適しご参拝のお土産品として、贈答品としても好適品でございます。伸びざかりのお子様からお年寄りまで幅広くお召し上がりいただけます。

大正2年
 褒状農工品品評檜賞
 審査長正五位勲五等受賞
昭和59年
 第20回菓子産業大賞受賞
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 道を挟んだ反対側には池があった。

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宮川清めの池

 清めの池は、清らかなる多度川の伏流水を利用して、宝暦年間にはすでにこの宮川の地に存在し、古くは垢離・掻池(みそぎ池)と称し、多度大社の参拝者は、ここで手を洗い、口をすすぎ身を清めて一の鳥居より神域に入ったと言われています。
 現代でも五月の多度大社の祭礼には、この池の水で御旅所行列の途中、各御厨(奉仕地区)の祭馬のそれぞれ水を飼い足を清める習わしがあります。

 多度大社社務所
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 それほどきれいな水ではなかったと記憶しているが、昔は清らかな池だったのだろう。

 さてスマホの地図を見ると、やっと半分くらい来ただけだ。登り坂と猛暑のため、拭いても拭いても汗がしたたり落ちる。このまま歩き続けると熱中症になってしまいそうなので、駅へ戻ろう。これは、勇気ある撤退なのだ。
多度駅の待合室は狭いながらもエアコンが効いている。椅子にはすでのお年寄りが座っていたので、隅っこで場所をとる。座れなくてもエアコンのおかげで息を吹き返すようだ。

22下野代〜多度:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 下野代駅から次は多度駅に向かう。多度には多度大社がある。車窓はのどかな田園風景が続く。晴天が広がり、今日も暑そうだ。

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 多度駅に着いた。駅名標が馬の形をしている。多度大社の上げ馬神事を意味しているのだろう。

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 8月11日・12日にはちょうちん祭りも行われる。

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 多度駅舎。駅前はロータリーになっていた。

下野代0753-0755多度 養老鉄道

地震と独身

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[題名]地震と独身
[著者]酒井順子
[発行]新潮社
[定価]680円
[発行日]2016/9/1
2011年3月11日以降、震災をめぐる家族の物語は様々な形で語られてきた。一方で、あまり聞こえてこない独身者の声。地震は彼らにどんな影響を与えたのか?既婚者に代わり必死で働いた人、故郷の東北に戻った人、ボランティアに身を捧げた人、結婚を決めた人…。被災地を訪れ、独身者たちとの対話を重ねて見えてきた、「個」として生きる人々の多様な姿と、新たなつながりの可能性。


 まだまだ強く記憶に残る東日本大震災。大津波が街を飲み込むあの映像を私は生涯忘れられないことだろう。そんな大災害を独身者の側の話をまとめた本。ドキュメンタリーである。酒井順子氏も独身なので、このような企画になったのであろう。2014年に単行本で出版されたが、文庫化された時には、何人かに再訪しておりその様子も記されている。身の軽い独身者がいかにがんばって、どのようにかかわって、その結果どうなったのか、詳細に記されている。





21下野代駅:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 そうこうしているうちに踏切が鳴った。あれっ、と思って振り向くと、桑名へ向かう反対方面への列車であった。


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 おそらく次の下深谷駅で列車交換をするのだろう。

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 下野代駅に戻ってきた。

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 ホームの屋根の柱にはレールが使われているらしい。

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下野代駅 しものしろえき

 養老鉄道は大正8(1919)年揖斐・桑名が開通し下野代駅ができたのは大正9年のことです。
 その後、ホームに屋根を作った時、柱として古いレールがリサイクルされました。
 その柱となったレールは1893年、明治26年にイギリスで製造された物です。
 写真の電車は平成13年に南大阪線から来ました。

     のしろおたから発見隊
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 このように古いレールが使われていた。

20野志里神社2:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 こちらが神社である。

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 由緒が書かれた石碑があった。

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 小さいながらこちらが本殿だ。

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 野志里神社の案内板がこちらにもあり、とても歴史の古い神社であることがわかる。

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 野志里神社 のじりじんじゃ
  
 この神社は約2030年前、倭姫(やまとひめ)が天照大神をを永遠にお祀りする地を求めて各地を旅されました。
 その時、天照大神をお祀りした旧跡です。
 お祀りしている間、人々は倭姫命から農業、織物、治水など色々なことを学びました。
 そして4年が経った時、もっと良い地を求め伊勢へと旅たたれました。そこが今の伊勢神宮です。
 野志里神社は天照大神を一時的にお祀りしましたので元伊勢とも呼ばれます。
     のしろおたから発見隊
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 千人塚の由来も書いてあった。

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千人塚由来

一. 元亀二年(1571年)織田信長、長島一揆勢に敗北、双方の戦死者が葬られた。
二. 天正二年(1574年)織田軍に敗れ壊滅した長嶋一揆勢の戦死者が多数葬られた。
三. 慶長五年(1600年)関ヶ原の合戦に敗れた西軍の一部が当地を逃走その時の戦死者が葬られた。
     供養 毎年八月十五日
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 こちらにもこう書かれている。

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 千人塚 せんにんづか

 約450年くらい前の戦国時代の元亀・天正年間に、織田信長と長島一向衆の人々の間に激しい戦いが何回もありました。
 一回目の戦は長島の法泉寺の僧侶、空明の作戦で勝ちましたが最後は長島一向衆が敗れ数万の人々が亡くなりました。
 戦いが終わった時、空明は自分が僧侶の身である事を思い敵味方に関係なく関ヶ原の戦いで亡くなられて人々の霊も合わせ慰めました。戦争はかなしい事ですね。
     のしろおたから発見隊
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 帰りは別の道で帰ることにする。地図の矢印の方向に進む。

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 踏切を渡った正面にあるのが徳蓮寺。

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徳蓮寺

 地元では「虚空蔵寺」あるいは「コクゾッサン」と呼ばれ親しまれているこの寺には、弘法大師が作られたという虚空蔵菩薩が本尊として祀られており、七年に一度の御開帳の折に拝観することができます。

(中略)

 この寺の寺宝には、弘法大師と伝えられる「虚空蔵の菩薩」、県指定文化財である「紺紙金泥阿惟越致遮経巻下一巻」や「釈迦涅槃図」が有ります。また、本堂の壁には200枚を超えるナマズとウナギなどの絵馬が奉納されており、珍しい絵馬として有名です。

桑名市教育委員会
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 こちらにはこう書かれている。

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徳蓮寺 とくれんじ

 このお寺は平安時代、今から約1200年前に弘法大師が開きました。この本堂内には「ウナギとナマズ」の絵馬がたくさんあります。これは大地震の時、仏様が寺から流され行方がわからなくなりました。村人が探しに行ったところ仏様がウナギ、ナマズに守られていました事からウナギ、ナマズを絵馬に書くようになりました。

     のしろおたから発見隊
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やっとナマズとウナギが描かれている理由がわかった。なるほど。

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 この長い階段を登ると徳蓮寺なのだが、、、、、登るのはやめよう。洒落にならないくらい汗をかいている。猛暑だけに、もうしょうがない!(笑)

19野志里神社1:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 延柳寺の前を通る。ナマズとウナギの案内図にはこう書かれている。

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 延柳寺 えんりゅうじ

 このお寺は戦国時代、今から約450年前の天正2年に順和和尚が開きました。
 その時は、数万の死者を出した「織田信長」と「長島一向衆」の人々との間の激しい戦いが終わる時でした。
 昭和に入り第二次世界大戦の時、梵鐘は金属供出命令で供出され、今の梵鐘は昭和24年に作られました。
 ここの日曜学校で、お経を学んだ方もいますね。
     のしろおたから発見隊
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 右へ曲がり踏切を渡る。

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 次の路地を左に曲がると、すぐに野志里神社に着いた。

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 野志里神社の説明案内板があった。

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野志里神社(のじりじんじゃ)

 野志里神社は延喜式(905年編纂の書物)に名を列ねる古社で、皇太神宮遷座の旧跡です。
 「倭姫命世紀(やまとひめのみことのせいき)」という古典によると、垂仁天皇は、皇女倭姫命を御杖代(みつえしろ)と定められ、姫は天照大神(あまてらすおおみかみ)の御神霊と御神示(ごしんじ)をお持ちになり、新たに清浄な御鎮座の土地を求めて、大和の笠縫邑(かさぬいのむら)を離れられた。この後、伊賀・近江・美濃・尾張などの各地を御巡幸、この伊勢国の野代の里に御遷幸されたと伝えられています。
 その旧跡が、この野志里神社だといわれていますが、その時代にはもう少し山寄りであったと考えられます。
 さてここにお祀りして四年、宇治の土公の祖(おや)、太田命(おおたのみこと)が地相を占い、「五十鈴川の川上に霊地があります。御先導申し上げます。」と奏(そう)し、姫はこれを聞き入れ、現在の伊勢市宇治に御到着になり、ここに御神域と御神殿を整え、皇太神宮をして奉祀(ほうし)することになりました。
 こののち、大鹿島命(おおかしまのみこと)が祭主となり、倭姫命は斎宮となられて、奉仕されるようになりました。
     桑名市教育委員会
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 天照大神御旧跡式内野志里神社と書かれた大きな石塔がある。

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 御神木の大きな楠が立派にそびえていた。

18桑名〜下野代:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 ホームから大垣方面を望む。


180715a養老鉄道桑名駅出発

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 出発してからしばらくは近鉄名古屋線と並走しているが、そのうち近鉄をアンダーパスして離れていく。左手に車両基地があった。

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 最初の停車駅である下深谷駅で列車交換。

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  下車するのは次の下野代(しものしろ)駅。1面1線の棒線駅・無人駅だ。今まで乗っていた列車を見送った。

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 これから地図の右矢印の方向に進み、野志里神社を目指す。案内図のまわりのナマズやウナギには何の意味があるのだろう。

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 駅前の道はこんな感じで軽自動車がやっと通れるくらいの幅だ。

桑名0713-0724下野代 養老鉄道

17養老鉄道桑名駅:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

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 養老鉄道と近鉄は一番奥のホームを共用している。養老鉄道は2007年9月までは近鉄養老線だったのでその名残であろう。

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 近鉄の電車は頻繁に発着しているが、養老鉄道の方はのんびりしている。

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 ホーム内に養老鉄道の改札がありその横に自動券売機がある。

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 2両編成の大垣行きが4番ホームに停車していた。今日は養老鉄道を楽しもう。

16JR桑名駅:あおなみ線・養老鉄道・樽見鉄道紀行

2018年7月15日(日)
さて二日目の朝がやってきた。今日も朝から暑さを感じる。

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 昨日、タクシーに乗っていると街中のあちこちから祭り太鼓の練習が聞こえてきた。運転手さんに尋ねると「地元のやかましい祭りの練習だ」という。桑名駅にその看板があった。「桑名石取祭(いしとりまつり)」という日本一やかましい祭りや天下の奇祭として知られているらしい。国指定重要無形民俗文化財に指定されさらにユネスコの無形文化遺産にも登録されている。

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 ここがJR側の入口。

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 窓口でフリーきっぷに日付印を押してもらった。

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 養老鉄道のりばはまだまだ先である。


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